終章 世界には少しだけ悪人が多い

第34話 ヒーローに魅せられた有象無象の物語を。


 翌日の終業式――


 一応は、滞りなく終わりましたとも。


 生徒達の間では、もちろん昨日の騒動が大いに話題となり、僕も随分と話をせがまれたけど、僕はそれに応えるわけにはいかなかった。


 何しろ最終回を迎えられなかった以上、正体をばらしてはいけないのだから。


 大学でも、随分と話題になっているらしく試験の成績が軒並み下がることになるだろうと、城山先生が教えてくれた。


 それについては気にしないことにする。

 見に来てくれと僕が頼んだわけじゃない。


 さて、今の事態を引き起こした諸悪の根源に会ったのは、終業式も終わり、後は帰るだけとなった、その時だった。


 今更、会ってどうこうするつもりもなく、成り行きに任せていたら廊下で行き当たってしまった。


 それだけの話だったが、こうなれば仕方がない。


「よう、女装男子改め、男装女子」


 イヤミを言うならばこれしかない、と決め打ちで考えていた台詞を解き放つ。


 今更、裏切ったのなんだのは、この女には毛ほども痛痒を与えないだろう。

 だが、この部分だけは緑陸が確固たる意志を持って為したことではないと、確信できていた。


 夜子さんの――レディ・ニュクスの消滅を嫌い、その存続の可能性を追求した緑陸。そしてそこに救いをさしのべた相手の、交換条件であのような出で立ちになった。


 それが僕の結論で――それが緑陸の相談相手、エクレンジャー創始者、緑陸要が取るにふさわしい行動だと推測されるからだ。


 その推測は見事、緑陸の痛いところを突いたようで、一瞬でその頬を朱に染めた。


「――まったく、あなたみたいな悪党が正義の味方だなんて片腹痛いわね」

「リアルに悪党をする悪人よりもずっとましさ」

「じゃあ、その似非ヒーローぶりでずっと面倒を見ると良いわ。あの“少年エクレッド隊”を」


 うっ。


 そ、そうだ。


 知ったときはもう最終回だからと軽く見ていたが、確かにそんな存在があった。そしてそれを昨日、ポロッと話した記憶もある。


 おのれ緑陸。


 こうまでピンポイントに人の痛いところ突いてくるとはどっちが悪党か。


 そしてお互い示し合わせたように、ふははははははははは、と笑いあった。


 緑陸の目は一つも笑っていない。

 もちろん僕の目も自覚できるほど一つも笑っていない。


 これから、この悪党が僕の敵になるのか。


 ――やはり暗澹たる気分になるな。


 だが、ここでこの悪党相手に気後れしていては、先々まずい。ここは先制攻撃でガツンとやっておこう。


「お前が敵に回っても僕のやることに変わりはないさ。知ってるだろう? 僕は言われたことは必ずやり遂げるんだ。そのためなら本質的に僕が悪党であっても構わない」


「確かにあなたは強敵ね。でも、あそこまで順調に話が進んだ要因が他にもあるとしたら――」


 何?


「私の名前覚えてる?」


 僕が意表を突かれたその一瞬に、緑陸が畳みかけてきた。


「……緑陸だろ?」

「そうじゃなくて下の名前よ」

「そ、それなら円(つぶら)だな」


 な、なんだこの甘ったるさを予感させる展開は。


「黄涯君」

「源文(げんぶん)」


「青鹿先輩」

「伊舟(いしゅう)」


「ゲス野郎」

「春樹(はるき)」


「自分は……いいわよね」


 そりゃそうだ。一応確認しておくと僕の名前は尚人(なおと)である。


「それで……なんだったっけ、登場人物の頭文字が敵の名前になっていたとかいう戦隊が――」

「ゴレンジャーだな。第一作目だ」


 そのあたりは、とっくの昔に研究済みだ。


 だが、それと今の話は関係ないだろう。姓は色が優先だし、名前部分の頭文字を拾っても――


「名前をローマ字表記にして、赤から順番に並べてみて」


 は?


 つまり尚人だから、Nにして……


 Nで……Iか……次がG……ん?


 ――まさか!


「気付いたわね。答えはN・I・G・H・T。“夜”になるのよ。岸田夜子の“夜”よ。こんな絶好の機会を、戦隊もの大好きなあのレディ・ニュクスが拾わないと思う?」


「し、しかしそれを彼女が気付いていたとは――」


「昨日わかったでしょ? あの人は何でもありよ。当然メンバーの名前は朝子さんは知っているわ。その記憶を有している夜子お姉ちゃんが、この素晴らしい偶然に乗っからないと思う?」


 ……悔しいが、そんなことあり得ないな。


「だからね、あなたがまだ最終回を目指そうと思うなら、姓に“緑“が入ってしかも名前がタ行から始まる人を探さないとダメなの。親切で調べてあげたけど、そんな生徒ウチの学校にいないから」


「来年――ああ、くそ、これはダメだ!」

「青鹿先輩を留年でもさせてみる?」


 その通りだ。


 来年には、その条件を満たすための一人が欠けてしまう――いや、そもそも名前の条件が絶対条件である保証なんか何処にもないんだった。


 これは、こちらの意図を挫こうとする緑陸の罠かもしれない。


 この悪党め!


「――なめるなよ緑陸。それがどうした。僕は言われたことは必ずやり遂げる。僕の敵に回ったことを後悔させてやる」


 自分を奮い立たせるためにも、あえて強い言葉を使って、緑陸のまやかしを打ち払う。


 緑陸は、その一瞬だけはむくれたひどい顔をしていたが、やがてヒーロー時代にはまったく見せたことのない――すてきな笑顔を浮かべて見せた。


「それは楽しみだわ、ヒーローを騙る悪人、赤月尚人」

「お前こそ、悪人の本性が遺憾なく発揮できて嬉しそうだな、緑陸円」


 僕も即座に言い返し、これにてライバルという二人の新たな関係が確立されたわけである。


 やれやれ。

 とんでもなく苦労しそうだぞ、これは。


 ――かくして、僕のヒーロー顛末記はこれで一応の決着を見ることとなった。


 後のこと?


 気が向いたらまた語ることもあるかと思うよ。


 この悪人が少しだけ多い世界で、だからこそヒーローに魅せられた有象無象の物語を。

 

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遊奉戦隊エクレンジャー 司弐紘 @gnoinori

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