第27話 身震いする以外に出来ることがない。

「でも、こっちにも新兵器がある」


 しかし黄涯はすぐさま反論してくる。

 この場合、黄涯の言う新兵器とはあの「エクレンランチャー」の事ではないんだよね。


「そうだけど、それならそれで練習は必要だし……アレの性能もよくわからないし……」


 人格の統一が果たされようとしているからなのか、はたまた悪魔の英知を我がものとしたのか。


 そこの絡繰りはわからないが、ここに来て岸田さんの研究が急速に進んでいるのも確かだそうだ。


 人工生命体を作り出す、あの妙な自立型回路にもついに科学のメスが差し込まれようとしている。


 だからこそ、石上教授も気前が良くなっていたというわけでもある。


「行き当たりばったりじゃダメか? 要はどっちもよくわからないんだろ? でも、俺達は敵も味方も最終回を迎えたいという点では一致しているわけだ。じゃあ、アドリブが一杯になったって、最後にはつじつまが合うんじゃないか?」


 なるほど、とまではいかないが、即座に却下するほど見当外れの意見でもない。


 それに考えてみれば、次の出動がいつになるかは、今でも秘密結社側が有している権利だ。


 相手が新たな怪人を作ってくるのか、それともクイーン・キャッスルに与えたような新装備を持ってくるのかで、臨機応変に対処した方が現実的かもしれない。


 そういうことであるなら優先されるのは――


「なるほど。それなら各自の希望を聞いておいた方が、一気に行くか、いったん保留するかの判断はつけやすいか」

「だろ?」


 などとドヤ顔で黄涯は言うが、最初からそんな話だったかな?


「黄涯としては手短に済めば済むほど言い訳だ――何か予定でもあるのか?」

「いや。でも、高二の夏休みだぜ。予定は空けておいて損はないだろ」


 わからないでもないな。


「お前はどうなんだよ?」

「僕の最優先事項は最終回を迎えることだしな。それにどう考えても、八月に食い込むことはなさそうだ」


「それは確かか?」

「どう考えても、ここからだらだらと回数重ねるのは戦隊ものらしくない。そうじゃないのか?」

「そうとは俺も思うけどな。そうだな。基本は何処まで行っても戦隊ものだもんな」


 納得してくれたようで、黄涯は仕事へと戻っていった。


 さて。


 僕は今から居ながらにして、メンバーの意思を確認しよう。


 個別に電話かけるのも手間だから、メールで一斉送信。


 ビバ、文明。


 夜までに返信来ればいいか、と思ってクリームソーダに手をつけようとしていたら、いきなり着信音が鳴った。メールのではなく電話のだ。


 誰かと思ってディスプレイを覗けば、桃生。


 無視するわけにも行かないので、とりあえず出てみる。もちろんクリームソーダも諦めるつもりはない。いい加減、アイスが溶けすぎだ。


「はい」

『あ、先輩。暇なんですか? 遊びましょうよ』


 意味がまったくわからない。しかも電話口の向こうで、何だか女の声がするぞ。絶対に桃生は暇じゃないはずだ。


「お前、今、女といるだろ。それを放置して来るんじゃないぞ。絶対に厄介なことになるから」

『言いきかせますから』


「一度も言いきかせられたためしがないくせに、何を言ってる」

『女の子はいつでも良いですけど、先輩との祭りはもうすぐ終わりそうですからね』


 妙に懐かれてるんだよなぁ。


 まさか、宗旨替えを……やめよう。そんな可能性を考えたところで、身震いする以外に出来ることがない。


「祭りとはなんだ。それに今日は確認だけだ。メール読んだか?」

『じゃあ、会って返事しますよ? どこですか? ゴンですか?』


 なぜわかる。


『僕も、出動に備えて出来るだけ学校に近い女の子の家に来てるものですから……いや、お互いに面倒な習慣が付いちゃいましたね』


 そんな生活習慣病を心配する前に、僕は桃生の命が心配だ。


 メギャンッ!


 そのタイミングで、漫画でしか見ることのないような異常な音が携帯の向こうから聞こえてくる。


 何か投げつけられたな。


 それに続いて、服を着ろ、パンツを返せ、愛してるから、それは約束はできない、少なくとも一番じゃない、などという言葉が聞こえてくる。


 桃生が、どんどん自分を追い込んで行ってるようにしか解釈できない。


 あいつもMなのか。


 大体あいつ流れがおかしい。


 戦隊ヒーローから、男同士で遊んで、最終的に女の子とのあれやこれやに行き着く流れが普通だと思うんだけど、なんか見事に逆行している。


 そんなこと考えているウチに、電話が切れた。

 ……クリームソーダを飲み終わるまでは待ってやることにするか。


                 ☆


 で、五分もしないうちに来てしまう桃生。


 しかもちゃんと女の方には言いきかせたらしい。ついてきてはいないようだ――というか、単純に切れただけかもしれないが。


 返してもらったらしい、パンツを含めての今日の桃生の格好は、アロハシャツに膝丈のジーンズ。実にチャラい。


 そんな桃生がゴンに現れた頃には、先輩と緑陸からも返信が来ていたのだが、いずれもはっきりとしない。


 黄涯みたいに、今の状況が正確につかめていない可能性もある。


「じゃあ、直接会いに行きましょう」


 その事を伝えると、げんなりとなってしまう未来図を描く桃生。


「……この暑いのにか?」

「少なくとも青鹿先輩のところは、涼しいでしょ」


 あの豪邸か。クーラーは雰囲気にそぐわない気もするが……そもそも、あの雰囲気こそが、暑さへの対策になるかもしれない。


 縁側、鯉の泳ぐ池を備えた内庭、風鈴、よく冷えたスイカ……


「……よし、行ってみよう」

「先輩はそういう俗物なところが良いですよね」


 もう一度連絡してみると、訪問を快諾してくれたので桃生と連れだって、フラフラと歩いていくこととなった。

 山中の豪邸であったことを思い出し、一瞬、自分の迂闊さを呪いそうになったが、木々生い茂る山道はそれほど暑くもなく、桃生と馬鹿話をしているウチに立派な門扉の前に着いてしまった。


「いらっしゃい」


 と、出迎えてくれた先輩の出で立ちは何故か和装だった。それもかなり似合っている。

 その雰囲気にいささか押されてしまい、二人揃って、


「お邪魔します」


 と神妙に挨拶して、先輩に誘われるままに縁側付きの一室に案内された。


 よし、理想的な展開。その後に、供出されたものがよく冷えた麦茶だったところが、妄想と違う部分ではあったが、もちろん文句を言うつもりはさらさら無い。


 何より内庭の雰囲気や、風鈴の音は妄想以上に涼しさを感じさせてくれた。

 素晴らしい日本人の知恵だね。


「……それで、次回で最終回を迎えるかどうかという話だったね」


 先輩が厳かに告げた。


「端的に言うと、そういうことですね」

「それはすぐにでも、対応できるということなのかな?」

「そこのところなんですが――」


 僕は、ゴンで黄涯に話したところを繰り返した。その後に黄涯の希望と、僕の生活信条を繰り返し、桃生を見る。考えてみれば希望を聞いていなかったのだ。


 すると心得たもので、


「僕としては、夏休みの間ぐらい続いて欲しいですね」


 と、希望を述べた。


「何でだ?」

「女の子があっち行こう、こっち行こうってうるさいんですよ。それ全部つきあえませんから。その点、エクレンジャーの活動があれば、色々と言い訳が効くというわけでして」


 こいつほど、この活動で利益を得ている奴もいないだろうな。


「でも、強く主張したりはしませんよ。それをあしらうのもまた面白いものですから」


 綱渡りの光景が脳裏に思い浮かぶ。


「で、先輩。これで事情はおわかりいただけたと思うんですが……」

「そうだな」


 先輩はそこで麦茶を一啜り。

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