第28話 全員普通の高校生ですね……

「――エクレンジャーの活動をしていた者は、ほぼ無条件で三津佐大に入れる慣例があるんだが……」


 はい? それは初耳だぞ。


 そんな僕の表情に気付いたのか、先輩は少し微笑んで、


「考えてもみろ。三年にもなって、あんな事をしていれば勉強の時間も取れないじゃないか。進学を望む者には内申点という形で底上げをして、そんな風に形式を整えた生徒を三津佐大が引き受けるしかないだろ?」


 理屈ではそうか。


 そして、それを説明できないのもヒーローの条件に抵触するからだな。


 桃生が何だか目をキラキラさせているし。こいつは頭は悪くないくせに勉強できないんだな。


 当然といえば当然のような気もするが。


「先輩は、三津佐大に?」

「実を言うとそこで迷っている」

「はぁ」


「家からの期待としては、もちろんそうなのだが、今の状況ではさほど困難ではない。もちろん期待を裏切らないという一点でなかなかにスリルがあるのだが――」


 横で桃生が首をひねっているが気にしない。


「ここでレールから外れて、より上位の大学に進んでみるのも悪くないと考えている。実際にそういう道をたどられた先達もいるしな」


 あ、予感がする。それも悪い予感の方だ。


「それって、もしかして先代のグリーンですか?」

「何だ知っていたのか。今は東京の大学に通っているのだろうな」


 いったい何者なんだ、緑陸要。


 それはともかく、今までの話を総合すると――


「進学のことも視野に入れると、先輩としては早く済む分には、それに越したことはない――という感じでしょうか?」


「君は相変わらず、そういう点での整理が上手いな。確かにそれならばいずれの道を選ぶにしても、柔軟な対応が可能だろう。幸い、今までの活動で勉学の方にさほどの支障を来しているわけでも無し。夏休みにしっかりと準備できるのなら僕は――色々と悩むことは出来るな」


 あ、いかん。


 妙なところに、喜びを見つけ出しそうになってるぞ、この先輩。

 瞳が透明になりつつある。


「……もちろん、あくまで希望だ。一番正直なところ言うとな、なるようになってくれれば一番だと思っている。それに先ほどの話では、主導権はむしろ向こうにあるようだが」

「確かにそうですね」


「それなら向こうに聞けば良いんじゃないんですか?」

「桃生」


 僕が答えるより前に、先輩が桃生を呼んだ。そういえば初めて聞くような気がするな。


「我々のリーダーがそれを見過ごすと思うか?」


 い、いや先輩。

 普通にこそばゆいんですけど。


「そう言えばそうですね。で、先輩向こうに聞かないわけは?」

「…………大学が試験中で、部外者の立ち入りを極端に制限してるんだ」


 何とかして、自分の立場を明確にしたいと思ったが良いアイデアが出てこなかったので、事務的に答えてみることにした。


「そうか。大学の試験は今からか」

「なるほど。それじゃあ無理ですね」


 くそぅ。当たり前のようにスルーされてしまった。


「緑陸は――」


 と、先輩が残る一人の名前を口にしたところで、僕の携帯が着信音を奏で始めた。これはメールだな。


「失礼」


 と、今度は無色の予感と共に名前を確認してみると、果たして緑陸だった。


 内容は……詳しいところを聞きたいから、出来れば夕方頃に直接会いたい、ということだった。


「緑陸からメールです」


 そう告げた後、メールの内容を端的に告げる。


「そうか。皆一様に最終回を迎えるということで、思うところがあるのだな」


 いえ、そんな大層なこと考えていたのは青鹿先輩だけです。


 もっとも、緑陸には深刻になるだけの理由はあるわけだが――あの日の緑陸の告白を、僕は誰にも話していなかった。


 緑陸も口止めはしなかったが、それは話しても構わないということなのか、僕が軽薄にあちこちで触れ回らないと考えてのことなのかは、いまいち判断しかねている。


「最終回を迎えれば、全員普通の高校生ですね……」


 先輩の作り出した雰囲気に感化されたのか、桃生が儚すぎる美少女の面持ちでそんなことを言うが、


「お前は普通じゃない」


 こればかりは即座に突っ込まざるを得ない。


「確かに桃生のそれは一般的な高校生の生活ではないだろう。ただ私もいずれ家に都合の良い嫁をもらうことになるだろうから、桃生のような生き方にあこがれがないわけでもないがな」


 重い。

 色々と重すぎますよ、先輩。


「やだなぁ、青鹿先輩。それならそれで結婚するまではフリーって事でしょ? 遊んでおかないと損しますよ。何なら僕が色々と伝授しましょうか?」


 何ぃ!?

 

 ――詳しい話を聞こうじゃないか!


               ☆


 そんなこんなで男三人揃って馬鹿話に興じている間に、すっかりと陽は傾いてしまいました。


 さてさて、緑陸に呼び出されたのは、住宅街の真ん中にある適度に寂れた公園。


 少子化問題は深刻なのかもしれないなぁ、と思いを馳せることが出来るぐらいには、遊んでいる子供達の数は少ない。


 こんなところに僕一人で来たら、いくら僕の容姿が人畜無害だからといっても、通報される可能性がある。その点では桃生がいてくれて良かった。


 通報すべきお母様方が完全に骨抜きだもんなぁ。


 ちなみに桃生が同行していることは、すでに伝えてあるのだが緑陸からは特に反応はなかった。


 やはり僕に話をした段階で、少なくとも関係者に話が伝わるぐらいのことは覚悟していたんだろう。


 エクレンジャーで口が軽いものは確かにいないし。


 子供達に人気のない鉄棒付近で待っていると、当たり前だが私服姿の緑陸が現れた。


 だかしかし、なんとまぁ。


 何という洒落っ気のない格好であろうか。


 洗いざらしのシャツに、柄も何もないアッシュブラウンのスカート。

 この前、夏物を買いに行ったはず何だけどなぁ。


「緑陸先輩。それはない。そんな格好じゃ、ほとんど女装男子ですよ。いや装うだけ、そっちの方がマシかもしれない」


 会った早々に、桃生が喧嘩を売った。


 その気持ちはわからないでもないが、そういうことは大事な話が終わった後にしてくれないかな。緑陸の機嫌が悪くなったらどうしてくれる。


「“男子”はいらないでしょ。それ私の胸が薄い事への当てつけ?」


 なんと真っ向から受けて立った。


「僕が女の子を胸の大きさで差別するような、そんな人間に見えますか?」

「そうね。もっと下種な生き物に思えるわ」


「僕は赤月先輩の視線に怯える緑陸先輩の心の負担が、少しでも軽くなるようにと思って……」


「安心して。あなたたちが私の胸についてどういう評価であっても、そんなこと私はまったく気にしないから。何しろあなたたちの未来に興味がないし」


 お、おかしいな。

 冷や汗が止まりませんよ。


 僕の視線偽造、周囲視は完璧だったはずだ。完璧だと思っていたんだが……


 まずい。まずいぞ。こうなると前に住んでいいたところにも迂闊に帰れなくなってきた。


「それよりも、何故桃生くんがここにいるの?」


 は?


 色々とイヤな想像をしていた僕は、その言葉によって一瞬に引き戻された。

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