第29話 「躊躇うな、緑陸」
「何で、もなにもメールでそれは伝えてあっただろ」
「え?」
それからしばらく自分の携帯を操作し続ける緑陸。これは機械操作が苦手な感じかな。
やがて、僕のメールの文面を確認したのか、緑陸が、ふぅと息を吐いて肩を落とす。
「ごめん。全然見落としてたわ……まぁ、桃生くんも関係者だし、赤月君とだけじゃ殺伐としすぎるから、これはこれでありかな」
目的完遂を目の前にして、僕の株がどんどん下がってきている気がする。
実に不可解な現象だ。
「何か深刻な話があるんですか? 最終回をどうしようかって話だけなんですけど」
確かにその通りだが、緑陸はその根本に関わっているわけだしな。
一瞬それを説明しようかどうか迷ったが、ここまで来てそこを隠しながら説明するのもまどろっこしい。それに桃生がここにいることを緑陸も了承したということは、ここで話すことを躊躇う理由はないだろう。
出来れば緑陸から説明して欲しかったが、それも望めないようなので、仕方なく僕から説明する。
桃生は、色々とリアクションを見せてくれたが、とにかく黙って聞き続けてくれた。
何だかこいつのこういう従順さ加減も、結構イラッと来るよね。
「なるほどねぇ。そういえば緑陸先輩のエピソードは消化してませんでしたね。だからこそ緑陸先輩との打ち合わせが重要になるわけですか」
そして相変わらずの理解の早さ。
「でも、この話の大元にこれほどがっつりと緑陸先輩が関わっていたとは知りませんでしたよ。ちょっと意外ですね。緑陸先輩は完全に巻き込まれた口だと思ってたので」
普段の無気力さ加減なら、そう考えるのも当然だろうな。
「……ごめんなさい。本当ならこういう事情も全部説明して協力してもらうのが正しいんでしょうけど……」
「いや、良いんですよ。実害もないし。楽しいし。ただ――」
そこで桃生の表情がわずかに曇る。
「――いざ終わりを迎えるとなるとちょっと寂しくもありますね」
ちょうど夕日が翳りはじめた時分なので、何とも絵になるね。女顔でも美形は得だなぁ。
で、緑陸だ。
桃生の言葉に対する反応がどこかおかしい。
具体的には言い表せないのだが――そこにあるのは同意、というよりも……何だ?
情緒不安定そうに見える、と言うことであれば最近の緑陸はずっとそうだった。
特に、最終回への筋道が見えてからはずっとそうだったと言っても良い。
それも先日の事情説明で理由がわかり、重要な決断が目の前に迫ってきているとなれば仕方のないことだったんだな、と納得もしていたのだが……
「緑陸、今日何かあったのか?」
と、あえてピンポイントで尋ねてみた。
何しろ今日の緑陸はメールの確認不足というポカをやらかしている。
果たしてその問いかけの効果は抜群で、緑陸の身体の線がこわばり、僕を睨み、そしてその視線をそらす。
うわぁ、わかりやすい。
「……ちょっと、姉に相談に乗ってもらっていて」
「ああ、お話に出てきたエクレンジャーを作った人」
桃生が空気を読まずに――あるいは読みまくった結果なのか、実に軽い声で合いの手を入れた。
「そういうことになるわね。で、その報告と相談を……」
相談?
やたらにその単語を繰り返すな。
「確か東京の大学にいってるって聞いた覚えがあるけど、帰省してるのか?」
「まさか」
いや、そんなに的外れな想像でもないと思うんだけど。
「メールのやりとりから、最終的にはチャットよ」
緑陸がキーボード相手に白熱する姿が脳裏に浮かび上がりかけたが、無理でした。
「それで、そっちも最終回の話だったわよね」
相談の内容を聞こうかと迷っているウチに、向こうから逆に質問された。
「ああ。その前に今現在の状況の説明をしておかないと……」
「それ、個別に会ってすることなの? 何だか、らしくない手際の悪さね」
「どうしようかと思っているところに、黄涯から質問されて、それに桃生が乗ってきて、何となくなし崩しで今に至る」
「でも、青鹿先輩にも確認できましたし、いきなりな行動の割にはうまくいってますよね」
お前が言うな。
「参考までに他の人の意見を聞かせてもらえる?」
「僕は状況が許せばやるべきだ、という意見。これは当然。黄涯もかなり積極的だな。夏休みに夢と希望を抱いているらしい」
「あの有沢さんという人でも誘うつもりかしら?」
「僕が見るに、そんな脈はまったくと言っていいほど無いんですけどね」
黄涯、無惨!
「青鹿先輩は受験のこともあるから早めに終わった方が良いと考えている。桃生は――」
「個人的な希望だけで言うなら、夏休みの間ぐらいは続いて欲しいかな、と思ってます」
そこに邪な目論見があるわけだが、それは言わないでおく。
緑陸には見透かされているような気もするし。
「で、緑陸は?」
どうにも返事を先延ばしにされているような気がして、思わず急かしてしまった。
「私は……基本的なスタイルは、赤月君と同じで良いわ。状況が許せば一気にやってしまいましょう。ここまで来てだらだらと伸ばすと、今の良い流れが元に戻ってしまうかもしれないわ」
……良い流れ?
本当にそう思っているのか?
「それはないと思いますけどね。だって幹部一人倒しちゃってるんですから。これでだらだらと話が続いたら、何だかおかしいでしょ?」
「私も、そこを姉に相談してみたの。やっぱり幹部倒したら、一気に最終回に行かないといけないわよね」
「緑陸」
僕は短く呼びかける。
だが、そこから先の言葉が出てこない。
今ここで、緑陸に迷いがあったとしても僕にはどうしようもないからだ。
僕は言われたことは必ずする。
緑陸の本音がたとえ今の状況の維持であったとしても、僕にはそれを頓着してやる必要も義理もない。
だから、続ける言葉は当然こうなる。
「これはお前の贖罪であり、今も引きずっている後悔の精算の絶好の機会でもあり、また過去の過ちを正すことができる、他の誰もが持ち得なかった特権なんだ」
僕はそこで、はっきりと緑陸の瞳を見つめる。
「躊躇うな、緑陸」
☆
こうして臨時の個別面談は終わり、僕たち三人はそれぞれ帰路についた。
後は、もう次の出動を待って後は臨機応変、とするしかないわけだけど、それでも周囲には色々と動きがあって、それを手短に伝えておこうと思う。
まず、石上教授からの報告。
レディ・ニュクス、それに岸田さんも何かを熱心に作っているそうだ。
ますます人格の統一が進んでいるのかもしれない。
それにしても石上教授の声の嬉しそうなこと。
確かにこれで、あの面倒ごとをする必要はなくなるし、どうも例の謎回路の解析も順調に進んでいるらしい。
恐らく今の時点で、最終回を一番熱望しているのはあの人だろうな。
最終的な打ち上げの資金もふんだくってやろうと心に決めました。
その追加報告と言うべきか、いきなり岸田さんに呼び出される。
とはいっても試験期間中なので、大学ではなく岸田さんが高校にやってきた。
そこで披露されたのがランチャーの特殊弾丸。
要は改良型ペットボトルロケット。
いや改良というか、実質魔改造と言っても良いんじゃないかな?
何しろ例の回路が取り付けられており、飛んでる最中に変形して敵を倒すという仕様らしい。
その敵というのが、自分自身――レディ・ニュクスであるらしいのは何となくわかった。
ということは彼女の中でもすでに最終回を迎える準備は出来ており、そのための下準備を自分でやってのけたということになる。
それならそれで、その意向に粛々と従おうではないか。
幸い、その弾丸ぶっ放すのにエクレンジャー側に何ら面倒な作業もないことだし。
ということは――もしかしてレディ・ニュクスも最後の武器を製作中で、それが終わると同時に最終回を迎えるつもり何じゃないだろうか。
そんな風に僕が考え、恐らくはメンバーもそういう風に感じていた終業式前日。
――ついにその日はやってきた。
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