綺麗な華には毒がある。ネコにとって百合は毒〈周防 奏〉:1


「………」


トコトコとローファーの軽い足音を鳴らして私は寮までの道程を歩く。手に持つ地図が手汗でくしゃりと僅かに歪み、体の内から湧き上がる熱が思考を鈍らせた。


「好き」ってなんだろう。


家族として好き、友達として好き、恋人として好き。好きの種類はたくさんあっても、恋愛として"女の子が女の子を好き"と言う事にどれだけの懊悩おうのうがあっただろうか。


改めて…私の恋愛対象は男の子だ、と思う。


でも、藤野さんからの告白に嫌悪感を抱く事は無かった。友愛にしろ、親愛にしろ、情愛にしろ。好きだと言われて最初に思った事は"嬉しい"ただその一言に尽きる。


「…藤野さんが、私を好き」


彼女の告白に対してなんて答えたらいいのか、いつになっても正解は見つからなかった。


◇◆◇


「三日月…308……あった」


寮に着いた私は管理人さんに挨拶をした後、カードキーを受け取り自室を目指す。もうただのホテルとしか思えない規模に圧倒されながらも道順を頭に入れながら長い廊下を歩いた。


壁に示された部屋番号を1つ1つ確認して、今日から私が生活をする308号室に辿り着く。カードキーを使って扉を開け部屋に入ると、1人で過ごすには贅沢すぎるほどの部屋の広さがまず目に入った。


元から学園の資料で知ってはいたものの、実際に目にするとかなり気分が上がってくる。


「おぉ〜…今日からここが私の部屋!」


白と黒を基調としたシンプルかつオシャレな内装。管理人さん曰く、この部屋の壁などに穴を開けたり塗料を使ったりしなければ模様替えをしてもいいとのこと。分かりやすく簡単な模様替えで言えばカーテンやベット回りだろうか。


今のままでも充分にオシャレで可愛いけど、私個人の趣味としては淡いピンクや水色のパステルカラーで統一した空間にしたい。


「んふふ、これからが楽しみだなぁ」


「ふふ…えぇ、そうですね」


………??


誰か居───なんか───急に…意識…が…


ドアの閉まる音が、今になって聞こえてきた。


◇◆◇


……何か、聞こえる。


『ハルちゃんがいけないんですよ』


ぼぅっとした頭を必死に働かせた。


『私はずっとハルちゃんの事を考えて生きてきたのに』


でも、体は動かない。目も開かない。声も出ない。


『ハルちゃんは私の事をまるで覚えてないんですから』


これは…夢かな?


『どうして…?どうして、どうしてどうして』


たぶん、そんな感じがする。


『ハルちゃんにとって私はどうでもいい存在だったんですか?』


何かに例えるとしたなら、金縛りが一番近いかも。


『私にはハルちゃんしかいないのに』


そんな風に悠長に考えながら、夢の中の言葉を聞き続ける。


『でも、予想通りとっても可愛くなってました』


というか、ハルちゃんって…私の事?


『嬉しい反面、泥棒猫が擦り寄ってくるのが腹立たしいですけど』


ずっとずっと昔。


『先程もはっきりと断ればいいものを…ハルちゃんは優しすぎます』


私が小学校低学年だった頃。


『ふふ、でも安心してくださいね』


当時の私は今よりもずっと明るかった。


『これからはずっと私が一緒です』


そんな私にとって一番仲の良かった友達。


『私の全部をあげます』


が私の事を「ハルちゃん」と呼んでいた。


『だから…ハルちゃんの全部をください』


ソウ…くん…?


『───まったく、悪い子猫さんですね』

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