どんな私でも貴方となら:1

「おや、誘っておいてなんですけど本当に来ていただけるとは」


バスケットボール部の見学・体験を終えて隣の体育館にお邪魔すると、そこには数十分前に演劇部の見学に誘ってくれた先輩がいた。


その時は確かに女子生徒の制服を着ていたはずなのだが今はファンタジー世界に出てきそうな貴族の恰好で、尚且つ男装をしている。


判断できる材料は何となくの面影と声くらい。


初見の印象は年上の清楚美人といった印象だったが、眼前にいるその姿はまさしく貴公子然といった出で立ちだ。


「か、かっこいいですね...!」


「そうですか?...ふふ、ありがとうございます、お嬢様」


「ひゃう...」


率直な感想を言う私の前で片膝をついて手を取り、手の甲にそっと唇を落とす先輩。


かっこいい王子様がいつか馬車に乗って迎えに来てくれる...なんて夢を見る年齢は過ぎ去った。現実に、私の傍に居るのはヒロイン達だ。でも、この不意打ちには赤面するなという方が酷だろう。


「では、どうぞ此方に。我が演劇部をぜひ楽しんでいってください」


「はひっ!」


うーん...洗練されたかっこよさ。


先輩の衣装...意外と詩音とか似合いそうだなぁ。小悪魔系王子様って感じで。後でお願いして少しだけ衣装を借りられたりしないかな?


◇◆◇


「「むむむ...」」


演劇部の先輩に春乃ちゃんが連れて行かれて、それをぼうっと眺めていた私の横で祈織ちゃんと奏ちゃんが難しい顔をして唸っている。


「もしや、ハルちゃんはちょろい子なのでしょうか...?」


「そうかもしれないわね...かなり押しに弱いように思えるわ。下手したら行く先々でいろんな人に引っ掛けられそうだもの...」


「「私達で護るしかない」」


「あはは、2人は色々大変そうだねぇ。うーん、面白そうだし私も手出してもいいかな?」


「え?もう手は出してるじゃないですか」


「というか、気になっていたのだけど改めて詩音の立ち位置ってどうなっているのかしら?」


「と、言うと?」


「いや、私達と一緒にいる時点で大方察しているとは思うけど春乃、奏、私の3人は恋愛感情があって近くにいるわ。それを育んで確かなものにするために。でも、詩音からは今のところ友情・・しか感じない」


「てっきり私はすでにハルちゃんの恋人候補だと思っていたのですけど...」


「......ノーコメントで」


「そ。春乃が傷つくようなことだったりをしないなら問題無いわ。...私達自身も一晩を共にした仲だし、悪人には思えないもの。もちろん、私にとっても詩音は大切な友人よ」


「そうですね。私はあんな事・・・・までした仲なのですでに...と思っていたぐらいなので。むしろまだハルちゃんに惚れていない方が由々しき事態ですよ!」


「...私が春乃ちゃんに惚れたら、奪っちゃうかもしれないのにいいの?」


「そうですね..負けるつもりが無いというのもありますが、詩音さんなら...納得出来る、と思います。悔しいですけど。まだほとんど何にも知らない関係ですけど祈織さんが言う通り悪い人には見えませんし大切な友人なのは確かです」











「安心して。大丈夫だよ、大丈夫。私が春乃ちゃんを好きになるなんてあり得ない事だから」


あぁ、嫌だ。思い出したくもない感情が、蓋をして心の奥底にしまったはずの感情がどろどろと湧き出てくる。


脳が割れそうで、心臓が潰れそうで。


普通を装って手に入れた仮面までもが、剥がれ落ちそうで。


やっと手に入れた普通の私が、ほんのちょっとの綻びから全部崩れていってしまいそう。


今の私の立ち位置?


そんなの、私が一番知りたいよ。まぁ、しいて言うなら砂の塔の上...ううん、私自身が吹けば倒れる砂の塔。虚構と、自分にすら判然としないイド欲求エゴ理性の塊。醜い醜い妄執の化け物。


だから私は───


「うん...私が恋をするなんて、絶対に無いからね。さ、早く私達も見学しに行こぉ~!」


「え、えぇ」


「...そうですね。行きましょうか」


いつもお通りの私を、皆が望む阿澄 詩音を演じ続ける。

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