第42話 2046年11月(竜神池3)

「ちゃんと来てくれるところがキミのいいところだ…朝倉ユキ」

 指定された場所…それはヴァリニャーノと初めて対峙した森林。

 開発が進んで、かつてほど、木々は生い茂ってはいない。

「ヴァリニャーノ…30年越しの決着に意味はあるのか?」

 大きなため息を吐き、俺は眼前の男に問いかけた。

「意味などないさ…だが…意義ならある」

 シックなスーツ、長身で細身…異形とも見える足の長さ、この男の足は馬の脚。

 最初に会ったとき、その身体能力に恐怖した。

 宙を舞う馬脚の戦士。

 それは畏怖という恐れを抱かせるに充分な姿、射手座を名乗る人造の星座。

「俺は、そんなもの感じない」

「ではなぜ、ここへ来た?」

 彼は即答で返してきた。

 俺の心を見抜いているかのように…実際、見抜いてるのだろう。

「……夜叉丸…」

 スッと俺の横に白い霊獣が姿を現す。

「全開で…いいね?」

「あぁ…応えてやるよ…ヴァリニャーノ…」

 俺は自らの身体に、この霊獣を憑依させる。

 自らの精神に野生に浸食されていくような凶悪な高揚。

 姿も半獣半人に変わっていく。

「ククク…僕と同じさ、半分は人、もう半分は獣…僕は遺伝子を乱暴につなぎ合わせて造られた、キミは血統で創られた…それだけの差さ」

 バンッと地面を蹴ってヴァリニャーノが月夜に舞う。

 霧雨の夜に、2匹の獣が靄に掛った月明かりの下で殺し合う…。


 ヴァリニャーノの蹴りが腹にめり込む…俺の爪がヤツの身体を引き裂く。

 精神を夜叉丸の凶暴な本能に任せて委ねても…

 爪が肉を引き裂く感触が、俺の精神を人に引き戻す。

 激しく振れる精神の針、そのタイミングをヴァリニャーノは確実に掴んでいる。

 人側に心が振れた瞬間、それは俺の身体能力がガクッと落ちる瞬間でもある、ヤツはその瞬間を狙ってくる。

 互いに致命傷を避けながら、削り合うような死闘。

 コレは…この戦いは俺の精神を削る戦い、ソレをヴァリニャーノは理解している。


 メリッ…俺の腹部にヴァリニャーノの蹴りがめり込んだ…。

 折れた…。

 その感触はヴァリニャーノにも伝わった、それが証拠にニヤッと笑うヴァリニャーノ。

「ユキ、動けなくなった…ね」

 地に叩きつけられた俺の胸をヤツは馬脚で体重を乗せて抑えつけている。

「オマエは…間違っている…俺はオマエに勝てないかもしれない」

 口に血の味と臭いが込み上げる。

「で? このまま死ぬってことでいいのかな?」

 ヴァリニャーノがボロボロになったスーツの上着で頬の血を拭う。

「いや…死ぬのはオマエだ‼」

 俺は自分の精神を閉ざした。

 淀んでいた精神が一瞬で夜叉丸に浸食される。

(もう…止められない…ぞ…ヴァリニャーノ)



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