第23話 2018年5月某日 (龍神池3)

ミコトさま…COVID-19は順調に感染を広げております」

 ヴァリニャーノが命の前に跪き報告していた。

 オフィスビルには似つかわしくない広い畳の間、奥に坐した着物姿の少女『命』

 多国籍企業『NOA』のCEO…最高責任者というより女王である。

 靴を脱いで畳に上がり、正座して頭を下げる幅の広いスラックス姿の背の高い男。

 文字通りの馬脚を持つヴァリニャーノである。

 足の構造が異なるため、坐すると足が後方に折りたたまれ奇妙な形になる。

「それは、妖魔の?」

「はい、もちろんです」

「つまり…妖魔の種は全人類が宿すということですね」

「理屈の上では…そうなります」

「変異は?」

「確率論でいえば0.1%…」

「1/1000…ですか」

「かなり高い確率のように思えますが…あくまで高齢化社会での話です、自ずと確率は低くなっていくでしょう」

「妖魔…というには脆弱なようですね」

「仕方がありません…強制的な自己変異ですから、変異後は瓦解するだけ…それだけの存在なのです、元々、妖魔とは異なる存在です」

「結構…下がりなさいヴァリニャーノ…と、この先はNOAは介入しません」

「仰せのままに…ミコトさま」

 ヴァリニャーノが部屋を出ていく。


「ユキ…これは必要悪なのです…」

 椅子に深く腰掛け

 天井を見上げて呟くミコト


 2050年には世界人口は97億に達するという識者の見解、医学の発達が高齢化を促進させ飢餓を誘発するということだ。

 食料だけではない、地球資源の枯渇は深刻な問題なのだ。

 昆虫食などというものが、にわかに脚光を浴びるのが現実。

 自らの知恵で環境を変化させてきた人類の歩みは迷走の末に袋小路に行き着いたというわけだ。


『NOA』の決断は早かった。

 不老不死の『ミコト』は、人を管理することで、この問題を回避しようとした。

 自ら有する研究機関から遺伝子工学の学者を数人、武漢の研究室へ派遣した。


「それは…人が人を裁くということ」


 ビクニは妹である『ミコト』の所業を冷ややかに見ていた。

 不死者である姉妹、その視線の先、どこか人を個としては見ていない、彼女達にとっては稀有な才能を有する人を優先的に活かすべき資源として捉え、その他をグロスで見ている。

 事実、ビクニがユキを囲うのも、その為であり、『ミコト』がユキの傍で観察するのも自分達と同じような存在だと思っているからだ。


ミコト』の選択は正しいのだ。


 増えすぎたなら減らせばいい。

 効率よく減らすには、必要のない部分を切り離せばいい。


 管理された世界。

 世界は管理されなければならない…それはビクニも同意見だ。


 ゆえに『NOA』の邪魔はしない。


「箱舟を造るのはノアの一族でなければ…フフフ」

 ビクニがワインをグラスに注いで飲み干し笑う。

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