DuH (竜神池4)

桜雪

竜神池サーガ 最終章

序章 2038年8月某日

 青森県下北半島『恐山』

 一人の刑事が夕刻に河原を歩いていた。

「極楽浜とは、まぁよく言ったものだ…」

 あの世の入り口とは思えぬ景観というより、土産物屋にカレーに蕎麦、観光地だと蕎麦を、すすりながら認識を改めたばかりだ。

「相良さん…ですか?」

 真夏に薄手のベージュのトレンチコート、さすがにジャケットは着てないが、

まぁ場違いな格好なので目立ったのだろう。

 後ろから声を掛けられ、振り返りながら軽く頭を下げる老人。

「えぇ、忙しいとこ?すいませんね…木梨さん」

 額に深いしわ、こめかみを爪で掻きながら口角を少しあげて笑う。

「いえいえ、構いませんよ…私の話を聞きに来るなんてオカルト雑誌の記者くらいだと思ってましたが…まさか警察の方が…」

「警察の…まぁ端の方なんですがね」

「恐山…回られましたか?相良さん」

「えぇ、グルっと歩かせてもらいました、いやはや、年寄りには辛い観光地だ」

「ハハハ、そうですね、私も70を過ぎて、なんというか…考えさせられる場所だと思いますよ」

「朽ちた橋が印象的でね…」

「三途の川ですね、もう何十年も前から通行禁止にしてあります…いずれ渡るんでしょうな」

「肉体を持ったままじゃ…渡れない…か…」

「ソコに立っていた…少年の話でしたね」

 木梨と呼ばれた老人が話し始める。


「私は…ココの清掃員と警備員を兼ねており、20年勤めてます…」

 と前置きをして…


 7~8年前、木梨が夜の見回りをしているとき、三途の川に掛る朽ちた橋の真ん中に子供が立っていた。

 宿泊客だろうと思い、声を掛けて、橋から戻るように伝えると子供はこちらに向かって歩き出した。

 子供は、黒い1枚の布をガウンのように羽織っただけの男の子、10歳くらいだと思ったという。

 肌寒い秋の夜、木梨は子に手を差し伸べた。

「迷った…間違えたのかもしれない…」

 ボソリと話して、木梨の手を取って手をつないだまま宿舎に連れて行った。

 エアコンを付けて、部屋を暖め、木梨はお茶を入れて少年に与えた。

 少年は、熱い飲み物に驚いてように思ったという。

 まるで、初めて飲んだかのように…。


 木梨が電話で警察を呼ぶと、20分ほどで、自衛隊が少年を引き取っていったのだそうだ。

 警察が来たのは、少年が引き取られた後…。


「正確な日付…あっ…日誌とかは?」

「警備日誌は毎日、付けてますよ…ただ…その前後の3年ほどの日誌は…その紛失してしまって…記録はないんです、どうも…記憶も曖昧で…」

「そうですか…少年は、他に何か?」

「そうですね…河原がどうとか…そんなことを言っていたように記憶してますが…」

「河原?」

「えぇ…賽の河原…かと思ったんですが、まぁ地元なら、そう思う、ってだけですが」

 帰りのタクシーで相良は手帳に書き記した。

『八甲田雪中行軍遭難事件…1902年…』

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