第21話 1902年2月某日

「で…お前たちは、どこを彷徨っていたんだね?」

「はっ…小隊はバラバラになり、私たち8名は山小屋を見つけ…」

「その間…11日間、歩き続けたのか…」

「いえ…その自分には時間の感覚がなく…その11日間も…彷徨っていたのでありますか?」

 四肢を切断された男が粗末なベッド上で尋問を受けていた。

「その通りだ…キミは奇妙な体験をしなかったか?」

「奇妙でありますか…いえ…空腹と寒さで…冷静さを失ってしまったのだと思います」

「…何か…あったのかね?」

「いえ…何も」

「話したまえ…それは、大変有意義な情報かもしれないのだ」

「はっ‼ 何人も倒れていく中、私たちは方向どころか、天地すら解らなくなるほどの白い闇の中を進軍し続けました…」


 指揮系統はすでになく、目の前の影を見失えば、そのまま逸れてしまう。

 独りになっても、それすら解らない状況の中で彼は吹雪が止んでいることに気づいた。

 相変わらずの白い世界、だが寒さはない。

「麻痺したのかと思いました」

 そこで休むうちに徐々に手足に痛みが戻ってきたのです。

 私は軍靴を脱ごうと手を伸ばすと自分の指が数本無くなっていることに気づきました。

 軍靴をやっとの思いで脱ぐと、やはり足の指が数本、靴底に転がっていたのです。

 その痛みが少し戻って来ると、私は恐怖を感じてしまいました…恥ずべきことです。

 涙ぐみ顔を背ける男に審問官が声をかける。

「気にすることは無い…話を続けたまえ」

 そこで…私は異国の女性に会ったのです。

「異国の…」

「はい…ただ…不思議と言葉が理解できたのです」

「英語…かね?」

「解りません、自分は日本語しか話しません、ですから彼女も日本語を話していたのだと思います」

「彼女は君に何か?」

「それが……」

 選べと…此処に残るか、それとも雪山に戻るかと…尋ねたのです。

 私は、隊に戻らなくてはならないと伝えると、彼女は指を指したのです。

「そこの扉から戻れる」

 そう言って私の前から消えたのです。

 私には扉は見えませんでしたが、彼女が指さした方へ進むと私は…雪山を歩いていたのです。

 山小屋を見つけ中に入ると、そこには隊の仲間が数人避難していたのです。

「そうか…ツライ任務だったな…ご苦労」

「はっ‼」

 敬礼をしようとしたのだろう、四肢を失い寝たままの肩がピクッと震えた。


「やはり…八甲田山か…」

「彼らの辿ったルートを捜索させよう」

「あの進軍は…正解だったな」

 後に『八甲田雪中行軍遭難事件』と呼ばれた世界最大級の山岳遭難事件である。


 犠牲者199名…その代償と引き換えに、陸軍は『魔鏡』の存在を確認したのである。

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