第35話 2045年4月 某日

「彼女が最初の?」

「ゼロワン、素性は知らん…意味もないしな」

 荒い呼吸、青白い顔の少女がカプセルの中で横たわっている。

「哀れなものだな、望んでこうなったわけでもない、選ばれたわけでもない、感染して、稀有な症状で一命を取り留めただけなのにな」

「それも…死を先送りにしただけなんだよな」

「あぁ…強靭な肉体に作り替えられた反動で、寿命は数年…」

 白衣の男が指先でカプセルの中で横たわる少女の顔の輪郭をなぞる。

「強制的な進化と言ってた人がいましたね?」

「…進化とは呼べないだろ、進んだのか? この少女は」

 男の指先が少女の僅かな胸の膨らみをなぞる。

「キミはもう帰っていい、ゼロワンは後、数時間で活動限界…瓦解する」

「はい」

 部屋を出た若い男は、大きくため息を吐いて首を横に振った。

(灰のように崩れ落ちるんだったな…見たくもないが)


 独り安置室に残った男がフッと静かに微笑む。

「ゼロワン…キミを看取ることになるとはね」


 男はカプセルにもたれ掛かるように腰を下ろして天井を見上げた。

「キミを引き受けた日を思い出すよ…」


『ゼロワン』は国内で初めて確認された『SMP』を起こさない感染者だった。

 感染の経過を観察していた男は、この少女が、いつまでたっても変異しないことに興味を抱いた。

「ただの噂だと思っていたのだがな…」

 耳にしたことはあった。

 人体が灰になって瓦解した人間の事を。

 人の能力を遥かに凌駕した運動能力を有し、『SMP』を喰らう人の話を。

 急激な変化に身体がついていけるはずはない。

(そもそも…VAMPはSMPの天敵として産まれたのか?)

 身体的な急激な変化という特徴は同じ…双方とも最後は瓦解していく。

 大きく異なるのは、その姿を大きく変え、思考は停止する、ただ本能で動く捕食者と化すSMPと肉体の能力のみ飛躍的に向上するVAMP、活動限界はSMPの方が長いが絶え間なく人を捕食を条件とする。

 SMPを捕食をしても寿命を延ばすことは出来ないVAMP。

 ARKの技術で肉体の時を止めても、SMPを狩るために…。

(VAMP化してから、戦う以外の時間を奪われた少女)

「ご苦労様だったな…ゼロワン」

 白衣の男はカプセルに背を向けたまま、目を閉じた。

 目覚める頃には…きっと…。


 ピシッ…

 指先から割れる音がカプセル内に響く。

「自分の身体が割れる音を聞くとはな…」

 少女が自らのつぶやきに苦笑する。

(私は何で産まれてきたんだろう…化け物を食うために産まれたのだろうか?)

 何か…残したかったな。

 何もない白い世界、化け物を食うためだけに呼び戻される現実。

「そんな中で知り合った奴もいた…な…」

(横関…手帳は確かに置いてきた、だから…もういいだろ?)


 ガサッ…ズザザザ…。

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