第40話 2044年9月某日(竜神池3)

「怖い話でしてね…まぁ、抑えるより遥かに簡単なんですよ、SMPへの変体のほうが」

 ヴァリニャーノは中国にある日本大使館の応接室にいた。

「私に何をしろと言うのです? NOAは」

 ニターッと笑うとヴァリニャーノ

「いえ…簡単なことなんですよ、ランダムで構いません…コレを政治家に…」

 ヴァリニャーノはアルミのアタッシュケースを長い脚で大使に目掛けて蹴りつけた。

「……私に…」

「アナタでなくてもいいんだ、アナタの息の掛った者にやらせればいい」

「そんな…ヴァリニャーノさん」

「大使…誰のおかげで、その椅子に座っていられる?」

「それは…」

? その地位も…服も…食うものも…抱く女も、すべて我らが与えたようなものだろう? 違うか使?」

 押し黙る大使にヴァリニャーノは言葉を続けた。

「いいか、いずれ人はSMPによって数を減らす…増えすぎたのだよ…俗物がな、無価値で無能なマジョリティが増え続けても誰も得をしないのだよ」

「SMPは優れていると?」

「ハハハッ、バカなことを…アレは欲の塊だ、薄皮の知性を取り除いた愚民の姿だ」

 狂気を隠さない笑み、狂ったように捲し立てるヴァリニャーノ

(狂ってやがる…コイツも…もう人じゃなくなったのか)

 絨毯に両手を付いて息を整えるヴァリニャーノ、不自然な関節、太いパンツスーツ、その裾から獣の足が覗いている。

(いて座の名を持つ獣人…)

「いいな…命じたぞ」

 ヴァリニャーノは立ち上がり、部屋を出ていく。

 ふぅーっと大きく息を吐きだした大使が椅子にもたれ掛かる。

 机の反対側に転がるジェラルミンケースを忌々しい目で睨む。

「日本は…常に実験場だ…敗戦国、戦犯のレッテルは剥がせないか…」

 外側から見て気づくこともある…大陸から見る島国は、バーチャルそのもの。

 どこか現実じゃないような国、彼は日本人だが、だからこそ祖国の稚拙を苦々しく思っている。

「俺にしかできない…そういうこともある、とでも思わなければ手を伸ばす気にはなれないな」

 ジェラルミンケースを、しばし眺めて、大使は内線電話をかけた。

「私だ…あぁ…明日、日本へ向かう……ぁぁ…すべてキャンセルだ…頼む」


 受話器を置いて、電子タバコを咥えた。

(そういえば…この電子タバコも健康被害を日本人で実験したんだったよな…まぁ、もう健康など気にする必要もない…な)


「いて座も…もう長くもあるまいに…不死者の目には命はどう映るのかな?」


 窓から眺める中国の空は、相変わらずの灰色…

(グレースカイ…そういえば、この国で青空など見たことはないような気がする)


「ヴァリニャーノ…死んでも星座にはなれまいな…」

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