第25話 2032年3月某日 その2 (竜神池2)

「相良警部補…聞いてますか?」

 保科が相良の顔を訝しげに覗き込む。

「いやいや失敬、どうにも興味が湧かないもので」

 相良が本当に興味なさそうにシートにもたれ掛かり車の天井を見ている。

「早々に立ち去るつもりですので、しばし耳を傾けていただけるだけで結構ですよ」

 ニタニタと笑う保科の目が好きになれない相良、チラッと横目で保科を見ると、真っすぐ正面を向いたまま話している保科が見える。

(嫌いだな~、こういうタイプ…)

 同族嫌悪とでも言うのだろうか、タイプこそ違うのだろうが、絶対に自分の尻尾を踏ませないような態度、どこか似た者であり、また異なる者でもある保科という男には関わりたくないと本能が拒絶している相良。

 そんな相良の心の内を理解しながら、自分の用件だけを押し通す保科。

「相良警部補、この少年をご存じですよね?」

 保科がポケットから差し出した1枚の写真『櫻井 敦』である。

「さて…彼がなにか?」

「待っていらっしゃるのでは?」

「待つ?、俺は刑事だよ…刑事に待つなんて言葉はないんでね、待ってりゃ犯罪者が自主するようなら刑事なんていらないよ」

「犯罪者…そう…彼は犯罪者でしたね」

「でした?」

「私の部署では…そう、犯罪者というより被験者でしょうか」

「被験者…櫻井は何を経験したと?」

「経過観察中というとこですよ、相良さん、彼は戻ってきますよ」

 保科は手帳にサラサラと日付を書いて相良に差し出した。

「2039年1月…?」

「彼の出口は…ソコです、ループするのでね」

「ループ?」

「魔鏡は…あの魔鏡は壊れているんです、いや失敗作なのかもしれない」

「何の話をしてるんです?」

「おや、大概は知っていると思って話したんですが」

「オカルトに興味はないんでね」

「SFですよ…行き過ぎた化学なんてオカルトと遜色ない、壊れた化学はSFに成り下がる…我々は観測者に過ぎない」

「櫻井 敦を観察している…そういうことですか?」

「仕事なもので…」

「今日の件も?」

「あの件は…まぁ…政策の斜め上でしてね、近いうちに対策が執られるでしょうが…管轄内の事故ではありますから」

「随分と手広くやっているようですな?」

 保科が高層ビルの屋上を指さす。

「相良さん…上に行けば行くほど、下の状況は視えなくなる、だけど視野は広くなるものです」

「はっ…俺達は地面に落ちた針を探すほうでね…生憎、ビルの屋上からじゃ見つからないものを這いつくばって探すのが仕事…アンタら役人とは違うのさ」

「アナタが探しているのは針ですか?」

「あぁ…針ですよ、錆びて折れかかった小さな縫い針」

「私も人の子でして…顔を見れば情が湧きます…だから役人は上から下を見るのです…そうしないと…押せないハンコもあるのです」

 保科が車から降りて、しばらく降り出した雨の中、相良は駐車場で煙草をふかしていた。

(人を間引くつもりか…政府は…)

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