償い

「……ふぅ。こんな感じで良かったかしら? カトラス・ストラト」


 三人を見送った私は両側に立つ護衛の一人にそう話しかけた。声を掛けられたケット・シーは被っていた白い外套と一体になった頭巾を取る。濃い灰色の髪に黒髪黒目が姿を表す。


「ええ。キオノスティヴァス様の慈悲深い心に大変感銘を受けていますよ」


 カトラスはにっこりと笑って見せた。が、まったく目が笑っていないのでそれが本心で無いことは誰にでも分かる事だった。失礼極まりない。隣の本物の護衛は咎めるようにカトラスを見たが、何も言わなかった。私はため息を吐きたくなった。


「よくもいけしゃあしゃあと……ともかく、これで借り・・は返したという事でいいですね?」


「勿論。もし何かありましたら遠慮なく申し付けてください……いつでも力をお貸ししますよ。それでは失礼します。教皇様に神の御加護があらんことを」


 カトラスは恭しくお辞儀をすると、くるりと背を向けて去っていった。この部屋から出ることは合言葉を唱えなくても出来るのだ。


「この狐め……」





 部屋を出ると、そこでは同じように白いフードを被ったラウラが待ち構えていた。


「遅い」


「ごめんごめん」


 ぴっと手を合わせて謝るが、ラウラに睨まれただけで終わった。しかしめげる事はない……ラウラはいつもこうなのだ。そのまま彼女はさっさと歩き出すので、置いていかれないようについて行く。『賢者』の二つ名を持つ彼女はなんでも知っており、アヴィータの内部構造だってもちろん把握済みだそうだ。どこからそんな情報を手に入れたのかは諜報員として気になるところではあるが。


「しっかし、フェンが戻ってきてくれると思ってたのにこれとはね。おかげで貴重な借りを消費しちゃったよ」


「……向こうの戦況は芳しくない。この騒動に決着がついたらきっと私達も呼ばれる」


「ぐえ、嫌だなぁ……面倒くさいし……」


 またラウラがこちらを睨む。真面目にやれと言いたいのだろうが、嫌いなのだ。集団行動や規律を守ること、何よりも命令されることが。まあ今の隊はそれなりに気に入っている。退屈しないし、ある程度は好きにやれる。


「それにしても、『戦力の減少は望ましくない。なんとかしろ。手段は問わない』とはね。僕は自覚あるけど、君も大概だよね、フェン」


 ◇◇◇


「シルヴィア……?」


 まったく予想だにしなかったケット・シーに固まる俺の横で、我に返ったらしいアルフェがわなわなと震えた。


「あなた……今更どの面下げて……」


 こちらでさえぞっとするほどの重い怒りを感じる声だった。それも無理はない。そもそも、俺たちがこんな場所にいるのはシルヴィアのせいでもあるのだ。俺とウェルデンはともかく、アルフェなどは完全なとばっちりである。激情に声を荒らげる彼女を前に、当のシルヴィアは俯いて押し黙ったままだ。業を煮やしたアルフェが一歩足を踏み出した瞬間、ウェルデンが制止の声を上げる。


「待って、君たちの事情は分からないけど、こんな所で争ったって何の得にもならないよ」


 確かにそれはもっともだ。しかし、アルフェは引き下がろうとしなかった。彼に抗議しようと口を開きかけるが、ウェルデンはそれ以上何も言わずにじっと彼女の目を見つめた。その色違いの瞳に浮かんでいるのは、ただ純粋にアルフェを案じる色だけだった。彼女は気まずそうに目を逸らす。


「……分かったわ。話だけは聞く……エルーが了承すれば、だけどね」


 渋々といった様子でアルフェは尾を振った。俺としても特に異存はなかった。そもそも、俺はシルヴィアに怒りを抱いてなどいない。もちろん衝撃は受けたが、俺は彼女がなぜ異端告発をせざるを得なかったか分かる。結局俺が悪いのだ……全部。


「アルフェがいいなら、俺は大丈夫だ。そもそもシルヴィア、どうしてこんな場所にいるんだ?」


 質問してから気づいたが、もしかするとシルヴィアは俺などに話しかけられたくはなかったかもしれない。まあ後の祭りだが。俺の事が心底嫌いでなければ異端告発などしないだろう……しかしよく考えると、彼女が罪を犯したケット・シーが入れられる第三迷宮に居ることは不思議だ。本来なら近寄りたくもないだろうに。ずっと俯いていたシルヴィアが急に頭を上げる。俺はその顔を見て唖然とした。彼女は今にも泣きそうに顔を歪ませていた。


「あ、あのっ…………ごめんなさい!」


「……謝って許されるとでも?」


 あのシルヴィアが俺たちに……俺に頭を下げるとは思わなかった。隣のアルフェは無表情で囁いたが、爆発を必死で堪えているのが分かる。


「……私は、あなたたちにとんでもない事をしてしまった……聖氷教に従えば正しいことだったのかもしれない。それでも、ずっと考えて分かったんです……私がした事は正しかったとは言えなかった! それにようやく気づけたんです。私はずっと聖氷教に盲目的に従って、考えることをしなかったって。そんなの信仰とは言えないって。でもどうすればいいか分からないんです……聖氷教以外の物の考え方が分からない……だから、あなたたちにどうやって償ったらいいかも分からないんです……」


 吐き出すように言いながら、シルヴィアは泣いていた。流石のアルフェでさえも押し黙り、口を挟むことなく彼女の独白を聞いている。


「これからどうすればいいのかさえも分からなくて、そんな時、あなたたちが第三迷宮に入れられることを知ったんです。虫のいい話なのは分かってる……でもお願いします。私にあなたたちがここを出る手助けをさせて欲しいんです。信用出来ないなら契約魔法を使ってもいい……なんでもします。捨て駒にしてくれたっていいです……だから、お願いします」






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