第2章 ストレングス・イズ・クリスタライズ

サラマンダー・ストライク

 さあ、サラマンダーたちよ。


 約束の時が来た。


 私たちはこれまで多くの物をこの争いで失ってきた。


 しかし、炎神は私たちを決して見捨てていなかった。ついに宣告が下ったのだ。


 ケット・シーどもを、あの文明の遅れた野蛮な獣どもを滅ぼせ。


 炎神の加護は我らと共にある。


 たかが雪など恐れるに足らない。


 勇猛なサラマンダーの戦士たちよ、今こそ剣を研げ。勝利の歌を叫ぶのだ。


 我らの夜明けは目前にある!


 炎神スレイとサラマンダーに栄光あれ!




 ヴォルガノス五代目国王、フレイディア・ヴァシャト=ヴォルガノスの演説



 ◇◇◇



『狂愛』を殺してから二日が経った。


 といっても二日の間、俺も含む特別部隊がのんびり休憩していたかといえばそんな訳もなかった。


 しかし特別部隊はデウス・エクス・マキナを狩るために作られた部隊であり、通常の任務にはよっぽどの事がない限り参加しないし、サラマンダーとも戦闘しない。遭遇戦などは話が別だが。


 ということで、平隊員である俺に仕事はあまりなかった。が、最後に咄嗟に使った魔法の代償を払うのに酷い目にあったお陰で微塵も体力は回復しなかった。それどころか寝不足だ。


 それなのにフェンは忙しそうにしていて、嫌な予感しかしなかった。おまけに軍全体にも何だかぴりぴりした雰囲気が漂っている。


 連日隊室に詰めているのだが、フェンは行ったり来たりしているし、アルフェは帰ってきて早々新しい任務へ飛んでいき、シルヴィアとは会っていない────まあ互いに会いたくはないが。そんなわけで必然的にラウラと一緒になる事になる。


 ラウラは終始無口で、事務会話すら最小限だ。ただ、それは今のエルラーンにとってはありがたいことだった。正直今は誰とも話したくない。しかし誰とも話さないということは、本格的にやる事がないということだ。命令は待機なので訓練にも行けないし、書類はラウラが片付けている。


 まああれから二日しか経っていないわけだし、少しくらい休んでもいいのか……?アルフェには申し訳ないが。流石にここでは寝ないが、また眠くなってきた。最近全く眠れていないのが原因だ。


 ぱちぱちと目を瞬かせて眠気を振り払おうとしていると、さっきから開いたり閉まったりと酷使されている隊室の扉がまた開いた。フェンだ。彼は急ぎ足でやってくるとまるで世間話でもするように事態の急変を告げた。


「二人とも、大変なことが起こった」


 ラウラは無言のまま書類整理を続けている。


「どうしたんだ?」


「サラマンダーの大侵攻だ。偵察部隊が見つけたらしい。推定一万」


「は? 一万?」


 サラマンダーがこれまで大軍で攻めてくることはなかった。雪原があるからだ。前が見えないほどの吹雪、耐え難い気温にフューリー。雪原は最悪の環境だ。


「なんで今になって……?」


「それは知らん。だが教会が怒り心頭のようでな。こちらからも二万の迎撃部隊を送ることが決定した」


 ヴォルガノス軍一万に対し二万。大軍の理由は、死ぬ事が前提だからだ。雪原の行軍は過酷極まりない。ケット・シーには魔法があるのでまだマシといっても、一兵卒の魔法などたかが知れている。だからこそ、今になってサラマンダーが軍を出したのが解せない。


「そして上は俺たちにもさらなる厄介事を持ってきたらしい」


 うわ。と俺は思わず声に出しそうになった。この部隊に回される任務はただでさえ厄介だというのに、フェンまでも厄介事と言うならば最高に面倒に違いない。


「氷水晶の採掘場でケット・シーの採掘工が消えているらしい」


 氷水晶は特別な場所でしか採れない鉱石で、魔法に対する反応がよく、ケット・シーたちの持つ武器によく使われる。とても貴重であり、その辺の鉱石で作った武器とは比べ物にならないという。


「ケット・シー? サラマンダーじゃないのか?」


「消えた採掘工は把握出来ているだけで二十七人、一人残らずケット・シーだ。今の軍には余裕はないし、かといってこの件を放っておくわけにはいかないとの仰せだ。知ってのとおり鉱山シルスリムは時に採掘工ですら迷うという迷宮具合……下手に人数を送るよりは少数精鋭を送ることにしたらしい」


 ほら、厄介事だ。


 鉱山都市クリスタリア。そこに鎮座するリスティンキーラ最大の鉱山、「迷宮」シルスリムは内部がひどく複雑で、採掘工ですら油断すると出てこられなくなるらしい。まあ普段は一人や二人居なくなった所で誰も気にしない。


 採掘工の大部分は、奴隷サラマンダーだからだ。


 ケット・シーは一部の地位が上の者だけであり、それが二十七人も消えたとなれば騒ぎになるのも当然である。もしかすればデウス・エクス・マキナが関わっているのかもしれない、が調査部隊を送るのもままならないということか。サラマンダーの大侵攻を前に、奴隷サラマンダーたちの行動も気になるところだろう。


「ということでここにいる三人でクリスタリアに調査に行くことになった。よろしく頼む」


 ラウラが顔を上げて僅かに頷く。相変わらず一言も喋らない。このメンバーで大丈夫なのだろうか。フェンと任務に行くのは初めてなので連携に不安があるし、ラウラは言わずもがなだ。


 忙しいのか、それを告げるとさっさと背を向けて出ていくフェンをぼんやり見つめながら、何十回目かのため息をつきたくなった。


 ◇◇◇


「ラズワルド」


 抑えきれない怒気を滲ませた声に、びくりと身体が震えそうになるのを堪える。ここでそんな仕草を見せてしまっては、ただでさえ機嫌を損ねているレイモンドが何をするか分からない。


 レイモンドは声を荒らげることなく静かに言った。


「おまえには失望したよ」


 心臓の鼓動が止まらない。レイモンドに聞こえているのではないかと思うほどに煩く脈動していて、緊張に息を乱しそうになってしまう。


「わざわざ私が根回しをしてやったというのに、最初の大隊への襲撃で契約者を逃し、隊員を皆殺しにも出来ず、挙句の果てにあの出来損ないに負けておめおめと逃げ帰ってくるだと?」


 跪いて俯く俺の耳がこつ、こつ、という足音を捉えた、と同時に脇腹を猛烈な衝撃が襲う。


「かはっ……!」


「死にたいのか? この役立たず」


 ただただ怖かった。死ぬのが怖いのではない。エルドラド家に生まれたからには死ぬ覚悟など出来ている。そうではなく、「役立たず」のレッテルを────エルラーンと同じ、出来損ないのまま死んでいくのが怖かった。


「も、申し訳ございません……! 次は必ず……」


 言葉を遮るように二回目の衝撃。胃の中身が逆流しそうになるがぐっと堪える。ここで吐いたら本当に殺されかねない。


「次だと? 次成功させるのは当たり前だ! またしてもクラドヴィーゼンの跡取りに手柄を立てられたではないか……どうしてくれる……? まあいい、ラズワルド」


 レイモンドはそこで言葉を切って、足を退けた。


「おまえも可愛い私の息子だ。一度目は許そう……だが」


 ようやく顔を上げた自分に、追い討ちをかけるように冷たい笑みを浮かべて囁く。


「次があると思うなよ?」










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