逆襲、サラマンダー

 リスティンキーラ軍司令部は大騒ぎだった。


 「狂愛」の事件の後にすぐ行かされた任務から帰還して早々、これだ。流石に私も、ちょっと休ませてくれと言いたくなる。


 まだ本格的な戦闘は始まっていないにしろ、小競り合いの域を超えた戦いだ。上層部が神経質になるのも理解できるが、どうやらそう単純な話ではないようだった。なんでも、偵察部隊が壊滅したらしい。まあそれ自体は珍しいことではない。リスティンキーラは偵察部隊を蔑ろにする嫌な風潮があり、損耗率は他と比べて桁違いだ。その偵察部隊の一人が、最後の力を振り絞って本隊に使い魔を飛ばした。


 小型雪食フューリーに、氷水晶を埋め込んで使役しているのが使い魔である。大方は鼠や蜥蜴、白鴉の姿をしているものが多く、白いため雪の上なら見つかりにくく、腐ってもフューリーなため踏破力は十分だ。しかしまともな知性はないため、偵察には向かない。あくまで伝令用である。その報告曰く、


「サラマンダーがドラゴンに乗っていた」


 というのである。


 笑い飛ばしたくなるような話だ。ドラゴンなど子供に読み聞かせる御伽噺の産物。しかし実際に偵察部隊は壊滅している。ドラゴン型のフューリーを見た、との噂もある。本当かは分からないが。


 そこでもう一度、今度は少数で近づきすぎないよう細心の注意を払って偵察部隊を出した。運良く帰ってこれた彼らは本当にサラマンダーの一部の部隊が、ドラゴンに乗っていたと報告した。


 ケット・シーやサラマンダーよりも遥かに大きく、大型のフューリーに勝るほど。それが数十体雪原を闊歩しており、暴れる様子もなくサラマンダーに従順で、ごつごつした岩のような鱗、赤っぽい体色を持ち、歩いた場所の雪は溶けていたという。


 これに聖氷教会が激怒した。すぐさまドラゴンをサラマンダーと同じく神の意に背く異端の怪物と認定、皆殺しにしろと軍に通達した……が。


 そんなことを言われても困る。というのが軍の本音だ。


 恐らく一般の兵士たちでは歯が立たないだろう。そんな化け物を皆殺しにしろと言われても無理なものは無理だ。それは宗教云々の前に、できるかできないかである。いくら聖氷教の加護を受けていようとも、ケット・シーは空を飛べない。できないことはできない。そんなわけで司令部は今大変なことになっていた。


 私たち特殊部隊が戦場に出ることは基本的にない。


 確かにほぼ全員がデウス・エクス・マキナと契約している特別部隊は重要かつ強大な戦力だ。活用しない手はない。しかし、デウス・エクス・マキナに勝てるケット・シーは契約者のみである。軍に他の精鋭部隊はもちろん存在するが、契約者は替えが利かないのだ。いつ次にそのデウス・エクス・マキナと適合するケット・シーが現れるのかは誰にも分からないのである。


 しかし、いよいよ切羽詰まれば自分たちを戦場に投入するだろう。出し惜しみで滅びるのは余りにも馬鹿馬鹿しい。それを考えただけで、憂鬱な気分は留まるところを知らなかった。


 そもそも、今回の戦争は勝てるのだろうか。


 サラマンダー側も無策で突撃してきたわけではもちろん無かった。今回は二万の兵が居るとはいえ……一体どうなってしまうのだろうか。


 まあそんなことを考えた所で、私には何も出来ない。


 エルラーンとフェンとラウラは今頃どうしているんだろう。ちゃんと上手くやってるかな。


 無事に帰ってきますように。


 私はそっと胸の前に手を合わせて、トワイライトファーレンに祈った。


 ◇◇◇


 万能魔法、熱源感知サーモグラフィーの弱点は単純だ。この魔法は俺の目を通して発動しているので、視界外は探知できないのだ。例えば地中。空中。そして……背後だ。


 さらに不味いのは、こちらはもうこれ以上下がれないということ。背後は暗くて見えずらいもののただの壁であり、下がりすぎれば一度目の襲撃とは比べものにならない数のサラマンダーに完全包囲されて死ぬ。


 全員がストライキに参加しているわけではないだろうが、この広い鉱山で働かされていた奴隷サラマンダーは相当な数のはずだ。背後の分岐路からも出てきているので数は四十程だが、熱源の反応を見るに奥にももっといるに違いない。


 ここは比較的広めの通路だが、それでも狭い鉱山内では、大人数で剣は振れないとの判断。この統率された動きは、先程とは雲泥の差だ。多分一度目の襲撃はただの陽動、偵察に過ぎなかったのだろう。考えてみれば、戦闘に秀でているのは当たり前だ。奴隷になったサラマンダーは多くが元軍属なのだから。


 そして……


 先頭のサラマンダーから伝わってくる殺気。思わず手が震えそうになるほどの憎悪がこちらに向けられているのが分かる。恐らくあれが。


「オスカー……?」


 ぼそりとフェンが呟くのをサラマンダーは聞き逃さず、荒っぽく吐き捨てた。


「チッ。裏切り者が喋りやがったな。獣風情が言葉を話すんじゃねえ!」


 血のようにくらい双眸がこちらを睨みつける。オスカーには何故か片腕がなく、残る左手で握るサーベルも他のサラマンダーとは明らかに質が違った。ケット・シーの協力者から武器を融通してもらったというのなら、その武器は氷水晶、でなくともリスティンキーラの鉱物でないといけない。が、オスカーの握るサーベルは真夜中のように黒かった。あの特徴的な輝きをどこかで見た気がする……どこだったか。


 は、と俺は握りしめる薄紅の剣の存在を思い出した。まさかあの剣は。


「サラマンダー……その右腕はどうした?」


 オスカーは裂けるように嗤い、黒い剣を振りかぶると思い切り地面に突き刺した。


 瞬間、バキッ!と音を立てて目の前に岩の柱が突き上がる。サラマンダーは魔法を使えないはずだ。視界がぐらついた気がした。最悪の想像が現実になってしまった。


「代償だよ。弱者が力を手に入れるには対価が必要……お前たちのような知性のない獣でも、それくらいは知っているよなぁ?」











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