強者と狂者のバラッド(前編)

サラマンダーは魔法が使えない。


真偽はどうあれ、聖氷教ではそうなっている。当然のことだ。なぜならケット・シーはトワイライトファーレンに認められた聖なる使徒で、サラマンダーは恐ろしい邪教の怪物なのだから、神からの授かりものである魔法を使えるわけがない。


しかしデウス・エクス・マキナは。


奴らは氷神由来のモノではない。魔法は氷力マナがなければ使えないが、彼らが望む代償を払えばデウス・エクス・マキナの力を使うことはできる。それはつまり、擬似的に魔法が使えるということではないか。


それなら他のサラマンダーとオスカーを同時に相手するのは危険だ。シルスリム内はお世辞にも広いとは言えない。どうにかして分断しなければ……


それにもうひとつ大きな問題がある。俺が得意とする爆発系の魔法はここでは使えない。いや、使えないことはないが、下手をすればまた崩落が起こりかねない。それにフェンの「氷撃」は範囲魔法だ。細心の注意を払わなければ互いの魔法で自滅する。


オスカーが漆黒のサーベルを振り下ろす。


「殺せ!四肢もぎ取って八つ裂きにしてやれッ!!」


瞬間、ぐらりと大地が揺れた。


「っ……!?」


反射的に天井を見るが、ぱらぱらと石の欠片が落ちてくるくらいで崩れるような気配はなかった。


その間にも、揺れる地面をものともせずサラマンダーたちが近づいてくる。やはり、彼らの岩場への慣れは大きい。揺れはすぐに収まったものの、何回もやられると自分たちよりも先に、鉱山が崩れかねない。


「正気か……?お前たちも生き埋めになるぞ!」


肉薄してきたサラマンダーを雷撃で穿ちながら、フェンが鋭く唸った。オスカーは答える代わりにサーベルの切っ先を真っ直ぐにこちらに向ける。


すかさずこちらも魔法を紡ぐ。あえて選択したのは

────


爆ぜろイフェスティオ!」


蒼炎と迫る岩群が激突。


轟音と共に岩が弾け、欠片が四方八方に飛び散り、こちらに向かっていたサラマンダーたちが苦痛に呻く。威力はぎりぎりまで抑えたので、壁の損傷は少なくて済んでいる。


意図を察したフェンが素早く氷で壁を展開し、破片と土煙から二人を守る。一瞬目の前が見えなくなった。


「エルラーン、炎で壁を作れないか?」


「……一回しか成功してないけど、やれる……いや、やる」


「その意気だ」


フェンが初めて微笑みのようなものを見せた。また地面が揺れる。どうやらオスカーはサラマンダーたちを撹乱に使って、デウス・エクス・マキナの能力で止めを刺そうとしているようだ。


「気をつけろよ」


「もちろん。お前もな」


挨拶代わりに尻尾を振ると、フェンは魔法を解除して地を蹴った。混乱に乗じてサラマンダーたちの間をすり抜ける。絶対にタイミングを間違えてはいけない。息を吸い込む。土煙が晴れてゆく。サラマンダーであろうとも、「殺す」ことへの迷いが無いわけではない。しかしこれは俺だけの問題ではない。自分のエゴが仲間を殺すのだ。何より、フェンの信頼を……裏切る訳にはいかない!


今。


炎の壁よラーヴェトラム!」


ごう、と蒼炎が燃え盛る。


さらなる増援が控えている横道まで青い炎が迸っていく。これで追加でサラマンダーは出て来れないはずだ。彼らはもうオスカーの支援を受けることはできない、が俺もフェンの支援を受けることはできない。


先にサラマンダーを殺し尽くすか、氷力マナがなくなるかの勝負。


ここが正念場だ。


◇◇◇


後ろで凄まじい熱を感じた。背中に熱風が吹き付ける。


エルラーンは上手くやったようだ。失敗すれば俺は生きたまま焼かれる羽目になっていたが、その心配はしていなかった。ただの勘だが。迷うのは非効率的だ。状況を好転させる一手があるならば、それを選ぶ。わざわざ惑ったりなどしない。


向かってくる自分を認識したのか、オスカーがサーベルを振り下ろした。地面がぱっくりと割れ、蛇のようにこちらに向かってくる。


横に跳躍。音もなく地面に着地する。この身体能力はデウス・エクス・マキナ由来のものではない。氷力マナは、ケット・シーの身体の中では血液中に一番多く含まれている。その氷力マナを活性化させることで身体能力を大幅に向上させることが出来る。デメリットは二つ、制御が難しく、失敗すると血管が破裂して死ぬことと、常時恐ろしい痛みが襲うことだ。


しかし自分は制御を誤ったりなどしないし、深刻な問題が発生しない限りは痛みなど気にしない。使ったあとの消耗は激しいが。


オスカーは契約したばかりなのだろう、魔法を使うのが下手だ。もちろん警戒を怠ったりはしない。サラマンダーは魔法なしでケット・シーと拮抗するほどの技術力と、白兵戦闘能力を持っている。


スノウファーレンを牽制で撃つ。白雷が空中を駆け、オスカーへ迫るが、直撃の寸前にせり出した岩に防がれる。地面や岩に関係するものを操るのであろうオスカーには、白雷の効果は薄いようだ。


羽撃けはばたけ


すかさず次の魔法を展開。氷の鳥が左手から飛び立ち、岩を回り込むように殺到した。手応えはあったが、恐らく致命傷ではない。


瞬間、真下の地面がぱっくり割れた。


咄嗟に氷で足場を作って跳躍、する寸前に足に鋭い痛み。何かに足を掴まれている、と判断すると同時にスノウファーレンを地面に叩きつけて拘束から逃れる。なるほど、オスカーがあの位置から動かなかったのはこの魔法を使うためだったらしい。


地面に空いた穴からは、巨大なナニカが這い出ようとしていた。
















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