強者と狂者のバラッド(中編)

「おい、早く選べよ。さっさとしないと二人とも殺すぞ?」


 ぎゃはははは、と下品な笑いが起こる。指さして野次を飛ばすものもいる。


「すぐ選べないとか最低だな!」


「いやいや、野蛮人なんだから寛大な心で許してやれよ〜!」


「知能が低すぎて言葉を理解できてないのかもしれねぇぞ!こいつらに文明は早かったんだよ!」


 またどっと笑いが起こる。唇を噛むことしかできない。下等生物ごときが自分を、自分たちを馬鹿にすることなど許されないのに!


「いつまで黙ってるつもりだ?本隊の場所を言うか……お前の可愛い恋人の命かどっちかだって言ってるだろ?」


「はははは!お前この豚面が可愛いとか正気かよ!」


「例えに決まってるだろ気色悪い!こいつらにはこれくらいの優しい例えじゃないと理解できないだろ?」


「うっわやさしい!」


「野蛮人にもこの気遣い、尊敬するわ〜」


「さすが小隊長!」


 と獣共が囃し立てる。許せない。今すぐ皆殺しにして皮をはいでやりたいが、拘束はいくらもがいても取れない。それに早く、早くなにか言わなければ目の前で押さえつけられているレイラが殺されてしまう。しかし国を裏切ることなどできない。どうしてもできない……


「こいつ、なんにも喋りませんよ」


「ちっ。よし、マイルダ手伝え。どうやらよく分かってないみたいだからな、見本を見せなきゃいけないみたいだ」


 髪を掴まれて無理やり上を向かされる。目の前に伸ばされたレイラの手が見えた。過去にないほどの嫌な予感。凍りついたように動かない口を必死に開いた瞬間、


「まっ……!」


「はい、時間切れ〜」


 ひゅんっ、と振り下ろされた真っ白な剣が、レイラの右手の指をあっさりと切断した。


「ひぎゃあああああぁぁぁぁぁ!」


「レイラっ!!」


「汚ねえなぁ」


 赤く染まった剣を左右に振る。地面に愛しい恋人の血が飛び散った。


「なんで一気にやったんだよ!切るところがなくなるだろうが」


「悪い悪い、手が滑ったわ」


「足の指もあるだろ?そんなにかりかりすんなって長耳ごときに」


「ほらほら、このままだとこいつ死んじゃうぞ〜?」


 頭が真っ白になった。俺の中から理性が消え、意味もないのに拘束を解こうと必死に藻掻く。


「脳無しの獣ごときがっ……!離せ!殺してやるッ……!!」


 その拍子に足が自分を抑えつけるケット・シーの身体を直撃した。


「っ……てえな……この糞長耳が!」


「がっ……!」


 骨が軋むほどの力で背中を踏みつけられ、思わず苦鳴を漏らした俺の目の前で、またしても白い剣が振り上げられてハッとする。


「ひっ……」


「ま、待て!待ってくれ!言うから……レイラだけは見逃してくれっ!!」


「ったく……最初からそうすれば良かったんだよ」


 国を裏切っているのは分かっていた。でももうどうしようもなかった。自分はいい。レイラだけでも助けなければ……本隊の場所を洗いざらい喋ると、ケット・シーが剣を降ろしたので思わずほっとしてしまった。


「さーて、お楽しみタイムといくか」


「サラマンダーとヤるとかほんと趣味悪いよな」


「仕方ないだろ、溜まってんだよ……慣れると結構イケるぞ?」


「……え?」


 下卑た声で喋りながらケット・シーがレイラの上に馬乗りになる。と、同時に俺は無理やり引っ張られていく。


「お、おい、レイラは見逃してくれるんじゃ……!?」


「そんな約束したかぁ?」


 怒り、というよりもほぼ焦りに近かった。このままではレイラは……!


「話が違うぞ!!」


「うるせえなぁ。おまえら家畜と約束すんのか?フューリーに何か誓うか?そんなことしないだろ?そういうことだよ」


 絶望だった。ならなんのために俺はサラマンダーを売ったのか。これではただの裏切り者ではないか。レイラはきっと犯されて殺され、自分は奴隷として売り飛ばされるだろう。終わりだ。全て。


 引きずられて行く間にも、ケット・シー共の野次と歓声と、レイラの悲痛な悲鳴が響き渡り……やがて小さくなって消えた。


 悲鳴を聞きながら歯を食いしばった。身体中の痛みなど問題にもならなかった。サラマンダーを裏切ったことなどどうでもよかった。ただただケット・シーが憎かった。死ね。滅びろ。殺す……殺す……殺す……!この手で目玉をくり抜いて皮を剥いで爪を石臼で轢いてレイラが味わった何十倍もの苦痛を与えてからフューリーの餌にしてやる……!


 あの悪魔の生き物を根絶やしにしてやるっ……!


 知らぬ間に握りしめた手のひらからは、血が足跡のように垂れて線をつくっていた。


 ◇◇◇


炎の舌サファイア!」


 地を這うように広がった青い炎が一人のサラマンダーの足を舐めた。


 悲鳴を上げて燃え移った炎を消そうと暴れる彼を、別のサラマンダーが道の奥に引きずっていく。スカーレットの揶揄する声がいやにキンキンと頭の中で響く。


『また足を狙ったね?相変わらずだねぇ』


「黙れ」


 声は思ったよりも鋭かった。多分俺自身もこの臆病さに嫌気が差しているのだろう。いい加減覚悟を決めなければいけないのは分かっているが、頭で分かったところでそれを行動に移せるかはまた別の問題だ。


 サラマンダーたちはぐるりと半円状に俺を取り囲んでいて、その後ろに横道がある。嫌な言い方だが、いくら負傷させてもどんどん代わりが来るのだ。意味が無い。


 そもそも、どう取り繕ったところで。


 どうせ殺すのだ。自分のために。ケット・シーのために。


 ならば一撃で命を奪った方がいい。


『狂愛』の二の舞になるわけにはいかない。


 恐らくサラマンダーはこのままじわじわ包囲を狭め、取り囲んで圧殺するつもりだろう。そうなる前に皆殺しにする。


 紡ぐ魔法は────


紅竜の吐息よドレイキニス


 これまでとは明らかに違う、氷力マナがごっそり抜けていく脱力感。思わず膝から崩れそうになるが、ぐっと堪える。


 扇状に広がった青い吐息は、これまでとは比べ物にならない火力があった。いつもの魔法は爆発による爆風などで敵に攻撃しており、「炎の温度」はさほど重視していなかった。が、今回の魔法は違う。炎に飲み込まれたサラマンダーたちは酷い火傷を負って苦しみながら死ぬ事だろう……


 でも俺は躊躇わないと決めた。


 ぐっと膝に力を入れる。まだ魔法は使えるはずだ。ちらりと炎の壁の向こうを見れば、巨大な影とフェンが死闘を繰り広げていた。

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