強者と狂者のバラッド(後編)
熱い。体内が煮えたぎったように熱く、思考に霞がかかる。呼吸が乱れる。
そろそろ身体能力向上の魔法は限界かもしれない。戦闘に支障が出ては本末転倒だ。しかし、解除すれば目の前の化け物二匹にあっという間に惨殺されるだろうことは明らかだ。
岩からそのまま削り出したかのような皮膚を持つ化け物は、鉱山の天井よりは一回り小さいものの、その身体に見合わず俊敏だ。
聖氷書に謳われる、ヴォルガノスに住むと言われる怪物、
オスカーと二匹の連携も厄介だ。対処しきれなくなる前に一匹でも倒さなければ……
横合いから迫ってきた一匹の槌状の尾をかわした瞬間、もう一匹の爪が足を刈り取ろうと目で追えないほどの速さで迫り来る。更に、オスカーの魔法が着地点を襲おうとするのが分かる。まずは左手で「氷撃」を発動、冷気と共に
「
ごおっ!と空気が鳴り、吹雪が一匹の右翼に直撃。半分ほどが崩れて落ちる。
ガァァァァ!!!
怒りの咆哮を上げた
思わず舌打ちが漏れた。先程からずっとこの調子だ。聖氷書では、彼らの弱点はぎらぎらと輝く赤い目とされているが、実際のところはどうなのだろうか。しかし、赤い目はどうやら石は石でも宝石らしく、試してみる価値はありそうだ。どちらにしろ、このままでは埒が明かない。
だんだん全身の感覚が薄れてきている気がする。血管が破裂して死ぬのは御免だ。まあこれくらいの痛みなら戦闘は続行できる。考慮すべき点はそれだけだ。
オスカーが苛立ちを露わにして叫ぶ。
「さっさと死ねッ! この
その言葉と共にオスカーの周囲に石礫が無数に生成され、唸りをあげてこちらへ飛翔。
これ以上の長期の戦闘は残念ながら身体が持たない。石礫を雷撃で破壊しながら、胸の中で呟いた。
『キトゥリノ』
『はい、マスター』
『こいつらの目を狙いたいが、速度が足りない。身体能力をもっと上げろ』
『そうですね……これ以上となると何か貰い受けることになりますが……』
『構わん』
『ではマスター。あなたから「感動」を頂きます。よろしいですね?』
『さっさとしろ』
『承りました』
転瞬。ぞっとするような、ふわふわするような、何か大切なものが身体から抜け出ていく感覚が走りぬける。感情など抽象的なものである筈なのに、確かにそれが無くなったことを感じられるのは不思議だ。それが悲しいことなのかどうかはよく分からない。そもそも哀しいとも思えない。大事なのはそんなことではなく、「代償を払った」という事実だ。
デウス・エクス・マキナとの取引は等価交換。
代償を払えば、契約の内容は必ず実行される。
ぐん、と加速感。いや、これは俺の身体が速く動いている訳では無い。周りが遅く見えているのだ。滑り込むように石礫をいなして一匹目。
ああ、当たるな、とぼんやり思った。
不安定な体勢からの白雷は吸い込まれるように
────────!!!!!!!!!
ケット・シーの耳では聞こえない絶叫が響きわたった。一匹目の
重い音を立てて二匹が沈む頃には、加速感は終わっていた。途端に、尖った氷で頭を突き刺されるような激痛と、両手の爪から血がぼたぼたと流れ出すのを感じた。強い不快感に顔を顰める。
「なっ……! どうやって……!」
オスカーが動揺の声を漏らしてじりじりと後ろに下がる。逃がすまいと一歩踏み出した瞬間、
ぱちん、と身体中に電流のようなものが走った気がした。
自分がどうなったのか認識できない。何も感じることが出来ない。この感覚は一体……
「ッ────!?」
それを認識した瞬間、激痛、という陳腐な言葉ではとても表現出来ないような苦痛が世界を覆い尽くした。
「は、ッ、……?」
膝が震える。というか多分自分は地面にくずおれる直前?なのかそうでないのか。まったく思考が纏まってくれない。
酷く遠く声が聴こえる。
「水は何処までも澱みなく流れていく。でも氷になると話が違うだろう? 氷は一所に集まって固定される。どうだい? 今鉱山内の全ての生きとし生けるものが感じている苦痛のお味は?」
一度だけ聞いたことのあるその声は。
「ラインハルトッ……!」
「ははは……礼儀がなってないねフェリドゥーン君? ラインハルト・フラン・バルトハルト様と呼びなよ」
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