Break out of Fairytale
もう嫌だと泣き喚きたかった。限界だった。なにも考えたくない。見たくない。だって溢れ出てきてしまう、無数の「もしも」が。
子供の頃にだって考えたことはあった。自分が、氷の魔法を持ってさえいたなら。自分は父に愛されただろうか?兄とは仲良くできただろうか。────アルトを殺さなくても、よかっただろうか。
そんな仮定に意味などないと、これまでなら自分に言い聞かせられた。そうやって自分を騙せた。でも。
その未来が有り得たことを知ってしまった。
もしもこの琥珀が忌み嫌われていなければ。
家を追い出されても、魔法を隠して普通に生活することだってできたのかもしれない。けれど俺は軍に入るしかなかった。こんな色の目ではどこにも行けやしない。過酷なリスティンキーラで、ひとりで暮らすことなどできない。
俺は迫害されるしかなかった。
戦うしかなかった。
悪夢を見続けるしかなかった。
大切な記憶を失うしかなかった。
そしてそれを受け入れるしかなかった。
しかし、今までの常識は全て偽りなのだと竜は言う。
ではこれまでの苦しみはなんだったんだ?全て無意味なものだったというのか。過去の不幸から起こった、ほんのすれ違いだと?ふざけるな。
そこまで思考した俺は、いつの間にか両の拳をきつく握りしめていることに気がついた。
ああ、そうだ。きっと自分は怒りたかった。喚きたかった。投げ出したかったのだ。ずっと。
「……外に出る方法を、教えてくれませんか」
ウェルデンが意を決したように、シェラの大きな瞳を見つめた。
『────もう少し迷うかと思っていましたよ、ケット・シー』
竜は揶揄するように口の隙間から青い炎を零したが、ウェルデンは動揺しなかった。
「……僕はこんな所で大人しく死んではいられないんです。聖氷教なんて、信じていないから」
彼がきっぱりとシェラの言葉を断ち切ると、竜は感心するような気配を滲ませて囁いた。
『……なるほど、貴方には十分な覚悟があるようですね。しかし────貴方ひとりだけでは、試練を乗り越えることなど叶わないでしょう』
その深い叡智を湛えた瞳がウェルデンとアルフェを通りすぎ────俺の琥珀を射抜くが如く睥睨した。まるで俺の弱さを見透かすかのように。
「ッ……!」
俺はその瞳を見返す事ができずに目を逸らした。烈火のような視線に心を焼かれる。アルフェやウェルデンを助けたいというのは本当だ。しかし、心の奥底では「もう戦いたくない」という慟哭が絶え間なく木霊しているのもまた、事実でしかない。
「……何が言いたいんですか?」
こちらを試すような言葉に、アルフェが強い語調で敵意を示した。仲間を馬鹿にされたと思ったのだろう。その他を想う優しさすらも、今の俺には深く突き刺さった。シェラの言わんとすることが、真実であると知っているが故に。
ふと視線を感じて僅かに目線を動かすと、シルヴィアがこちらをじっと見ている。気の強い聖氷教信者である彼女なら、これまでの会話に文句をつけてもおかしくない。それでも彼女は押し黙ったままだった。その冥い瞳が俺と交錯した瞬間、深く伏せられる。
『貴方たちがここから歩き出すというのなら、すぐに分かります。試練を乗り越える強さを持っているのは誰なのか────弱く姑息な者は永遠に闇の中。真に勇気ある者だけを、私は
シェラの言う「試練」が何なのかは分からないが、果たして俺はそれを乗り越えられるのだろうか。いや、乗り越えなければならないのか。例えどんなに戦いたくなかったとしても、ウェルデンを、シルヴィアを────アルフェを守るためには、乗り越えるしか。戦うしか。
刹那、明らかな愉悦を含んだ幻の声が俺の頭の中に響いた。
『そうやって、戦う理由を誰かに求めるの、もうやめたら?』
戦慄が身体中を激しく打った。一瞬どうしようもなく呼吸が乱れて、今まで目を逸らしていた、どうしようもない苦しみがあらゆる場所から滲み出そうになった。今の声は────
「エルー、絶対ここから抜け出して、教会に一泡吹かせてやろうねっ!…………エルー?」
「…………」
いつもなら自然と口から出てくるはずだった。「そうだな」とか「頑張ろうな」とか「無茶だけはするなよ」とか……そんな、
そうだ。簡単なはずだ。いつもいつもいつも「あの日」からずっとそうして来たじゃないか。さあ、早く!
「……エルー?どうしたの……?」
『ヤージュダークの、第三迷宮の守護者たる私が与える試練は一つ────貴方たちは、自分自身に打ち勝つことができるか?』
竜は俺の答えを待つことなく、どこか厳かに声を張り上げた。白銀の翼を大きく広げ、鏡のように光を拒絶する瞳が、生物の頂点たる威容を持って空間を支配する。瞬間、後方の巨大な水晶柱の中に浮かぶヤージュダークから猛烈な光が漏れ出始める。
偽典に従うように、シェラの翼爪の一つ一つに蒼い
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