ローン・ファーレン
「さて、なるべく速やかにこちらの質問に答えてくれると嬉しいのだが?」
吹き飛んだ右手は相当な痛みをもたらしているだろうに、気丈にもサラマンダーは引きつった笑みを浮かべた。
「汚らわしい獣風情が……」
サラマンダーに答える気がないと見るや、フェンは躊躇いなく照準を左手に向けて引き金を引いた。
「あああああぁぁぁ!!」
苦痛の叫びを上げてのたうち回るサラマンダーを、なんの感情も映さない灰銀の瞳が見下ろす。
「お前、奴隷サラマンダーだな? 何故俺たちを襲った?」
「……ぐ、素直に話すわけ……っ、ぎゃあああぁぁぁ!!」
静かに嘆息した彼は、サラマンダーの傷ついた足に照準を定め、三度目の雷撃を放った。どうやら、傷口が雷により焼かれることによって、サラマンダーは出血多量で死ねないようだ。この光景を見ていると肩に走る引き攣るような痛みを思い出してしまう。
「は、話すっ! 何でも話すから! やめてくれっ!」
サラマンダーはついに心が折れたらしく、泣きながらフェンに懇願した。当のフェンは眉ひとつ動かさずに、スノウファーレンをゆっくり下げた。
「それで? 何故俺たちを襲った? それと、そもそもどうやって武器を調達した?」
「……ストライキだ」
一瞬迷ったものの、痛みには勝てないのかサラマンダーは大人しくフェンの質問に答えた。
「俺たちは何とか鉱山から逃げようと、同じ境遇のサラマンダーとストライキを実行したんだ……リーダーは、鉱山内のケット・シーは皆殺しにしろって……」
「ふむ。それでそのリーダーとは誰だ?」
「そっ、それは……」
そこでその「リーダー」を思い出して仲間を裏切る罪悪感が芽生えたのか、サラマンダーは口ごもった。しかしフェンはそんな事を考慮するほど甘くはない。彼は傷ついている方の足を思い切り踏みつけた。
「あ、あぎゃああああぁぁぁぁ!?」
「リーダーは?」
「お、オスカーっていうサラマンダーだ! 協力者を見つけ、見つけたって言って……武器はそいつから融通してもらったって!!」
フェンが意外そうに耳をぴくりとさせた。
「協力者?」
「サラマンダーに協力する、善良なケット・シーだって……半信半疑だったけど、オスカーさんが言うならってみんな……」
「そうか……」
彼は話を聞き終わると、下げていたスノウファーレンの銃口をすっ、と上向けてあっさりサラマンダーを撃ち殺した。
「っ、おい……」
フェンがいきなり振り返った。
「やりすぎだ、と?」
びく、と身体が震えた。それはまさに俺が言おうとしていたことで、でもその後の言葉が続かないのも、正当性がないのも分かっていた。この場合、ケット・シーの常識に照らし合わせて間違っているのは自分の方だ。
「エルラーン、その考え方は気をつけた方が良い」
ズバッと気にしている所を言われて、俺は自分への落胆で思わず項垂れた。
「分かってる……俺が甘」
「そうじゃない」
「え?」
またもや言いかけた言葉を遮ったフェンは、スノウファーレンを腰のベルトに戻しながらため息をついた。
「お前な……もう少し視点を広くしないと、本当に死ぬぞ」
「視点を……広く」
「そうだ。世界はお前と、その周りの生き物で出来ているわけじゃない」
確かにその通りだ。その通りなのだが、フェンが何を言おうとしているのかが分からない。
「いいか? 普通のケット・シーは、サラマンダーに対して
「そんな事?」
「サラマンダーに対して、可哀想だとか、助けてあげたいだとか、そんな事は思わない。むしろ、積極的に痛めつけ、虐げ、皆殺しにしたいと思っているだろう。それがただの貧しい村のケット・シーだったとしてもな」
「ッ……!」
盲点だった。同時に、「視点を広げる」意味を悟る。要するに、俺は自分の、内面の感情だけで考えていたのだ。他のケット・シーたちは、サラマンダーに情けをかけたりはしないだろう。それはケット・シーが残虐非道という訳ではなく。
聖氷教が、サラマンダーは炎を崇める恐ろしい邪教の化け物としているからである。
「考えてもみろ。もしサラマンダーを殺すのを止めようとする所を、シルヴィア、はまだマシか……聖氷教の司祭にでも見られていたらどうなっていたと思う?」
「それは……」
どうなるかなど分かりきったことだ。邪教徒に情けをかけようとする所を見られたりしようものなら……
「まあ、こうなるだろうな」
フェンは親指を立てて自分の首を掻き切る仕草をして見せた。
「とはいえ、お前が甘いのも事実だが。しかし俺たちは生きているわけだから、感情は切っても切れない。ある程度は仕方がないんじゃないか」
そういって身を翻した彼を、ふと思い至った言葉で呼び止めた。
「じゃあフェンは?」
「は……?」
「お前はどんな事が起こっても動揺しないし、いつでも冷静で合理的に動いてた……どうやったらそうなれる? 確かに感情と俺たちは切り離せない。じゃあ、どうやったらそんなに強くいられる?」
完全に無神経な質問であることは分かっている。でも知りたかった。このままではきっと、またあまりの弱さに誰かを殺すことになる。自分では知りえないのなら、自分以外に縋るしか方法はなかった。
フェンはくるりと振り返ったが、珍しいことに、一瞬返答に迷った。滅多に迷いを映すことの無い灰銀の瞳が刹那、迷子のこどものように揺らぐのを、俺は確かに見た。
「強い……強い、か」
彼はその未知の単語を舌で転がすように呟いた。
「なあ」
「俺が感情を切り離したんじゃなくて、『切り離された』って言ったら……お前はどうする?」
◇◇◇
騒々しい足音が聞こえる。
身体をちいさくして息を止める。
さっきから止まらない細かな震えは、気のせいだと言い聞かせた。
戦闘能力が低い自分がもし見つかれば、一巻の終わりであることは間違いない。
鼓動が早まる。どくん、どくん、どくん、と洞窟中に響いているのではないかと錯覚するほどに。
こんな時に、知識はなんの役にも立ってくれない。
いつか幼馴染のフェリドゥーンに言った、「知識は体験してこそ価値がある」という言葉を思い出した。
つまり、これが「体験」ということになるのだろうか。冗談ではない。
誰か助けて……
ラウラが胸の奥で呟いた救難信号は、誰にも聞こえずに散っていった。
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