嵐の前の静けさ

 格子状の窓からやわらかな光が差し込んだ。


 日の出の光を翼に受けて、小鳥が旋回しながら空に登っていく。自分もあの鳥のようにここから自由になれたら、と御伽噺のようなことを考えてしまう。お姫様はとても似合わないが、ここから出たいのは本当だ。


 リスティンキーラにおいて、裁判とは死刑宣告と同じようなものである。端的に言うと、だいたい死ぬ。もちろん死にたくはないので脱獄の計画を立ててはいるが、異端告発を受けたケット・シーが投獄されているアヴィータの警備は厳重だ。窓は頑丈な格子が嵌っているし、そもそもぎりぎり手が届かない。というか、ここは塔の最上階なので窓から出るのはただの投身自殺だ。


 せめて他のケット・シーがいれば……


 そうすれば一緒に計画を練ることができるし、選択肢が増える。なにより、話し相手が欲しい。ここに一人で入れられてから三日、食事を運びに来る看守以外誰とも会っていない。孤独とは案外辛いものだ。どうせ死ぬにしろ、一人は寂しい。


 しかし、他のケット・シーがここに来ると言うことは、また誰かが理不尽な罪で死ぬという事である。そんな哀れなケット・シーは自分一人だけで充分かもしれない。


 はぁ、と息をついた。さっきからどうでもいい事を考えて逃げている。現実味が湧かない。受け入れられないのかもしれない。


 ────自分が四日後に処刑されるということが。


 ◇◇◇


「……ルー、エルー!おーきーてー!」


 がばりと身を起こす。……目の前にアルフェの顔があった。


「うわっ!」


 慌ててアルフェから距離を取ろうとして、ここが隊室であることに気づいた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。


「大丈夫?顔色悪いよ?」


「大丈夫……悪い、こんな所で」


 別に怒らないよ、と彼女は微笑んだ。フェンが不在の間は、副隊長であるアルフェが指揮を取る。部屋に他の隊員はいなかった。


 俺の視線に気がついたのか、アルフェが言った。


「みんな任務に出かけてるよ。シルヴィアはね……なんか上に呼び出されてる」


「何かあったのか?」


「うーん……聞いてないなぁ。お昼を過ぎたらカトラスが戻ってくるはずだよ」


 つまりこのままだと俺、アルフェ、カトラスで任務をこなさなければいけないのか。過労死しそうだ。


「でも一個情報が入ってきててね。なんでも、ここから北東に行ったところ……ナーヴ村近くの雪原で、デウス・エクス・マキナの反応が確認されたらしいの。至急だって。だから、二人で行かない?」


 俺は頷こうとして、微かな違和感に襲われた。アナスタシアの近くではリーヴェと『狂愛』の騒ぎがあったばかりだ。にもかかわらずまた同じような場所に────?


「どうしたの?」


「あ、ああなんでもない。行こうか」


 アルフェも頷き返すと駆け出していく。その後を追いかける頃には、先程の違和感は消えていた。


 ◇◇◇


 雪原は相変わらずの寒さだ。


 今日は特に天候が悪く、空が荒れ狂っている。雪原はよくこういった天気になりやすい。奥の方なら尚更だ。


 しかし今回はそれほど奥に来た訳では無い。というのも、何故かデウス・エクス・マキナの痕跡が見つからないのだ。


「あれー?おかしいな……この辺だって聞いたんだけどな……」


 アルフェが何回も探索用の魔法を唱えるが、どうにも見つからないらしい。ここまでは精々フューリーと遭遇する程度で、戦闘の痕跡なども見つかっていない……まあ、この雪ではそちらは望み薄だが。


『木霊する夜雀の詩、響く……響く……』


 呟くように何回目かの魔法を唱えた彼女は、今度もダメだったらしく首を横に振った。悪天候なのもあるだろうが、かなりの広範囲を探しているにもかかわらず魔力痕は未だに見つからない。


 これは一度戻って、天候が回復してから再調査すべきかもしれない。と思ってアルフェに話しかけようとした瞬間、


 視界に何かが浮かび上がった。


 咄嗟に身構えて気づく。これは熱源感知サーモグラフィーの反応だ。恐らくケット・シー……十二人。こちらを包囲するように半円を描いて近づいてくる。少なくとも友好的な用事では無さそうだ。


「アルフェ、ケット・シーが十二人近づいてくる」


「え?ケット・シー?……もしかしてデウス・エクス・マキナ?」


 確かにその可能性は低くはないが、この人数はなんだろうか。まさかまた魅了系のデウス・エクス・マキナが出たという訳でもないだろう。


 音を立てないように剣を抜いて構える。アルフェが静かに歌う。


『私は風、私は閃光。氷の使徒に疾風の加護を』


 身体の中をぱち、と何かが駆け抜けるような感覚。同時に身体が軽くなる。「加速アクセル」の魔法だ。


 と、不意に十二人のケット・シーの歩みが止まる。真ん中の黒いフードを被ったケット・シーが一歩進み出た。


「エルラーン・フィン・エルドラドだな?」


「……?」


 いきなり名指しされた。訳が分からない────しかし、この名前を知っているのは。


「レイモンドの差し金か」


 レイモンドが性懲りも無く自分を殺そうとしているのか。にしても様子がおかしい。十二人のケット・シーは全員黒いフード付きのコートで顔を見せず、立ち姿にもまるで隙を感じられない。精鋭だ。


「エルー……コートの裾、あれはレイヴンの……」


 アルフェが囁いた。確かに、白い狼と雪の結晶の紋章がついている。あれは……


「レイモンド・フィン・エルドラド、シルヴィア・クライオジュニクの両名から、お前に異端告発があった。よって、お前には異端審問を受けてもらう。拒否権はない……大人しくついてきた方が身のためだぞ」








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