絶望の光

 この迷宮に入れられてからどれくらい経ったのかは分からないが、脱出の兆しは未だに見えなかった。水は氷を溶かして何とかするとして、問題は食料だ。ケット・シーの強靭な肉体にかかれば、二週間くらいなら何も食べなくても大丈夫だが……いざとなれば俺の頭の大きさくらいある黒蜥蜴だの、洞窟蝙蝠だのを食べなければならないかもしれない。


 ウェルデンも頑張ってはいるのだが、そもそも彼に見える過去は現在地の周辺で起こった出来事だけであるし、過去の無数の瞬間から取捨選択できる訳でもない。一回見るには時間もかかるし、負担も大きかった。


「ごめんね、僕全然役に立ててなくて……」


 荒い息を吐きながら、ウェルデンは申し訳なさそうに呟いた。


「そんな事ない! 変に焦ったって仕方ないし……」


 アルフェはきっぱりとそれを否定して彼を慰めた。彼女が続けて何かを言おうとした瞬間、反対側の通路を調べていたシルヴィアがこちらを手招きした。


「みなさん、ちょっとこちらに来て頂けませんか?」


 俺はそちらに行こうとしたが、移動しかけた時にアルフェが僅かに顔を顰めたのが気にかかった。まだシルヴィアの事を許していないのだろうか……当然といえば当然だが、彼女がこんなに長期間怒っているのも珍しいような気がする。なにか他に理由があるのだろうか?


 動こうとしないアルフェと、突然動きを止めた俺を不審に思ったのか、歩き出しかけたウェルデンが振り返った。


「……どうしたの?」


「……なんでもないわ。行きましょ、エルー」


「あ、ああ……」


 気になりはしたが、俺はアルフェの後ろを大人しくついて行く他なかった。先が思いやられる。


 白い司祭服は暗闇の中でもよく目立つ。やってきた俺たちに気づいた彼女は、通路の向こうを指さした。


「あの、向こうの方明るくありませんか?」


 目を凝らすと、確かにほんのりと明かりが見える。第三迷宮には鉱石が放つ光しかないので、基本的に薄暗い。あそこには何かがあるのだろうか。ウェルデンも同意するように頷く。


「確かにね。行ってみる?」


「ここで永遠にぐるぐる彷徨い続ける訳にもいかないしね」


 アルフェがおどけた様に言って賛成の意を示したのにほっとする。こんな所で仲間割れなど論外だ。


「何かいるかもしれないから、注意して行こう」


 ◇◇◇


 氷力マナで作り出した剣の柄を握りながら踏み出した通路の先は、先程までいた場所とはまるで異なっていた。まず、とにかく広いのだ。狭苦しい通路ばかりだった今までとは違い、広間のようになった空間は呆れるほどに天井が高く、床も汚れ、あちこちひび割れて壊れてはいるが土むき出しではない。壁には燈石の灯りが一定間隔で掛けられ、薄くなっているものの立派な絵の様なものが彫り込まれている。奥には巨大な氷水晶が一本鎮座していた。周りのケット・シーたちも呆気に取られた様子で周囲を見渡している。


「第三迷宮に、こんな場所が存在していたなんて……まるで祭壇みたいではないですか」


 シルヴィアが呟く。俺も同じ感想を抱いていた。あまり行ったことはないが、この場所には迷宮というよりは聖堂のような、神聖な雰囲気を感じる。


「……?」


 アルフェが耳をぴくりと動かして立ち止まった。


「アルフェ?」


「なんか今……氷力マナが一瞬乱れたような……」


 その魔法特性からか、氷力マナに敏感な彼女は訝しげな声を発した。が、俺たちがなにかを答える前に、その違和感が正しかったことが証明された。


 奥の巨大氷水晶がちかり、と数秒瞬いた。そのあまりの光量に目が一瞬眩む。その光は吸い込まれるように上へと向かっていき──反射的に光を追った俺は驚愕に目を見開いた。


 ここは本当に地下なのかと疑いたくなるような高い天井には、うんざりするほどの宗教的な装飾が施されていたが、光を吸収するかのように魔法陣が浮かび上がったのだ。それは神聖と言うよりは禍々しく、不吉な暗赤色に染まっていく。


「まずい、逃げろ!」


 俺は叫んだがあまりにも遅かった。結集したおぞましい光は蠢き、なにかを作り出そうとしていた。


 ソレは翼だった。ソレは牙だった。ソレは鉤爪だった。ソレは尾だった。


 ​──────​──────ッッ!!!!!


 声なき咆哮でソレは吼えた。血そのものの瞳がこちらを睥睨した。


 ソレは絶望を具現化したような、黒い黒い竜だった。





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