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何軒か文房具屋を周り、気に入ったノートを買った。

赤と白のチェス盤のような柄の表紙。

なんとなく私の心の模様みたいだったから。


私の自叙伝を書くつもりだった。

事実、その晩から書き始めた。


その日から一ヶ月は、病院に通う以外の大半を自叙伝を書く事に夢中になった。


今までの私、今の私、あまり変わってない。

執着するモノが少なかった。だから執着したモノは捨て切れなかった。


パパに会いたい気持ちは、自分の人生よりも大事だったんだなぁ。

この病気で私は死ぬ。でも生よりも、ひょっとしたらパパに逢えるかも。の期待の方が多いかもしれない。

色々な事を考えた。


キャサは寝込む程、哀しんでくれた。でも私はそこまで悲しくなかったのは事実。


痛みも受け入れられた。

酷い頭痛の時も我慢出来なくなるまで味わっていた。


死んだら味わえないモノだろうし、何よりも生きてるから痛いのだと。その気持ちを味わいたかった。


自叙伝を書きながら自分の生きた過去を振り返る。

ついこないだのような気がする。随分昔のような気がする。


考えてるようで考えてなかった事に気付く。

自分の意思で決めた事だが、キッカケは自分ではなかった事に気付く。


そして、愛から逃げていた事に気付いた。


怖かったのだと思う。何が怖かったのか?

手にした幸せを失う事に。


心のどこかで幸せはずっと続かないと思っている。


未来の不幸を恐れて今の幸せを自ら破棄してた。


手の届かないパパの愛だけを見て、手が届くかもしれないトオル達を遠ざけていた。

今はパパよりもトオルやユダ。ミクやキャサから多くの事を教わってる。


自叙伝を書くのは過去に生きる事。多分それでは私は満足しないだろう。

未来を夢見るのも今の私には現実的にも無理。三年後には死ぬのだから。


ならば…今を見るしかない。





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