強さと人格破綻度が比例してる件

 応接室に通されたオレイユはソファに腰かける。背筋が伸びていて姿勢がいい。改めて全身を見てみると、透き通るように白い髪と肌が目を惹く。瞳は青く、整ったきれいな顔立ちをしている。俗にいうアルビノというやつだろうか。

 噂によるとアルビノとして生まれ落ちた者は体の虚弱性と引き換えに一芸に秀でた者が多いという。


「まず名前とどこから来たのかを教えてもらえる?」

「私はオレイユ。サンタ―リア教会審問官の方から派遣されてきた」

 オレイユは川のせせらぎのように透き通った声で物騒なことを言った。

「審問官?」

 私は眉をひそめる。審問官と言えば教会内で一番の保守派と言われる者がつく役職ではないか。保守派というのは教会の中でも特に神の権威や教会の権威を重要視する派閥である。当然教会保守派は私のようなぽっと出の小童が偉そうに新説を語るのを良くは思ってないだろう。要するに敵である。いきなり「私は敵です」と宣言されたようなものだ。


「うん。邪説を撤回させて賢者の石を不遜にも手にかけた者を連れて来いって」

 オレイユは「野菜と卵を買って来いって」ぐらいのテンションで言うが、そんな平然と言う内容ではない。

「……それ、私に言う?」

 私は彼女の意図が掴めずに困惑する。普通黙ってアリーシャを連れていくところじゃないだろうか。私が素直にアリーシャを渡さないからこうなったことは分かっているだろうし。


「連れていくのはともかく、邪説を撤回のくだりは領主さんに頼まないといけないから」

「別に撤回してもいいんだけど、そうするとアリーシャが連れていかれるでしょ? それは困るんだけど」

 私は困惑しながら話す。例えて言うなら、自分が魔王で討伐に来た勇者が「魔王を討伐しにきたんだけど」「それは嫌だな」みたいな会話をしているような気持ち悪さがある。何で私たちはこんな会話をしているんだろう。そしてこいつはどういう意図でこんな悠長な会話をしているんだ。


「でも、撤回してもらえないのであれば殺すしかなくなるから、それは嫌だ」

「それは私も嫌だな」

「じゃあ教会に謝ってアリーシャを引き渡してくれると嬉しい」

 堂々巡りである。うーん、会話が進まないな。

「逆に聞くけど、あなたはなぜ私がそれに素直に応じると思ってるの?」


「もちろん、応じないと私が領主さんを殺すからだけど」


 オレイユは何の衒いや誇張もなく、空は青い、物は下に落ちる、そんな当たり前のことを言うような雰囲気で述べた。要するにここまでの会話と全く同じテンションである。さすがにそのテンションでそれを言われると私はいい気分にはならない。

 とはいえ、彼女にとってそれは当たり前すぎてあえて口にしなかったのだろう。そしてその話をしないから何か気持ち悪い話し合いになってしまっていた。もちろん、それを言われると不愉快にはなるが。


「へえ、この私をそんなに簡単に殺せると?」

 私はあえて挑発的な笑みを浮かべて尋ねる。

「うん。正直ここに来るまでの間、二、三回は殺せる機会があった。ただこのくらいの実力差があれば後でも殺せるし、焦る必要もないから先に話し合いを試みてだめだったらにしようと思ったけど。最初に行き倒れていたのも強敵だったから奇襲で仕留めようと思っただけ」

 この小娘め、完全にこけにしやがって、と思ったが残念ながら彼女の言うことは事実なのだろう。最初に出会ったときのあの殺気。あれは私を一回は殺せていた。そういう殺気と寒気だったのだろう。今も普通に座っているだけだが、やろうと思えば一瞬で私の首を刎ねることが出来るのだろう。認めたくはないけど。

 ただ、オレイユには一応出来るなら人は殺したくないという良心のようなものがあり、それでいきなりは殺さなかった。ただ、だからといって一般的な人格にも見えないけど。


 しかしそこでふと疑問に思うことが出来る。そこまで圧倒的な力がありながら審問官などの言うことを聞く必要はあるのか? 話を聞く限り他人の命を奪うのが好きではないのは本当のようだし。

「あなたはなぜそれだけ強いのにその仕事を受けたの? 実は熱心な信者?」

 私の問いにオレイユはゆっくりと首を横に振ると話し始める。


「私はある辺境の迷信深い村で生まれた。村の占い師によると私は“呪われた子”らしい。呪われているかは知らないけど、確かに私は普通ではなかった。本当は捨てられるところだったけど、たまたま教会に拾われた。そこで育てられたんだけど、やっぱり私は普通と違っていた。普通の人っていうのは善とか悪とか考えるらしいね。領主さんもそう?」

 突然話を振られて私はびっくりする。そんな話の振り方されたの初めてなんだけど。

「そりゃあるよ。例えばさっきあなたを助けたのもそれが善だと思ったからした訳だし」

「じゃああなたも普通の人だ。私は生まれつきそういうのが全くなかった。善悪という概念がぴんとこない。とはいえよくいるチンピラのように、金を奪って酒を飲んで女を犯したいかと言われるとそういう欲求も別にない」


 なるほど、生きる上で何も指針がないということか。例えば私は現代にいたときは「なるべく楽して勉強を乗り切ってゲームをいっぱいしたい」て思ってたし、今は「内政を終わらせて楽をしたい」とかいう目標がある。

 それらに善悪という観念が関わってくるかと言われるとそういう訳でもないけど、でも労せずして善行が出来るなら気持ちいいし、出来るなら悪いことはしたくない。そういうのが彼女には全くないのか。


「徐々に私は疎まれるようになったけど、それすらも別に何とも思わなかった。で、それはそれとして私はとても強かった。だから私は自分が生きる上で一つのルールを決めることにした。一応私を拾って育ててくれた人に恩を返そうと。別に恩を返すことがいいことで、返さないのが悪いことなのかは分からないけど、生きる上で何も指針がないと生きづらいから。それに他の人もそういう生き方だったら納得してくれるし。だから私は何となく審問官の言うことを聞いている。これで納得?」


 なるほど、そう来たか。論理としては分からなくもないけど一ミリも共感出来ない。が、私はふとそこで少し引っかかるものを覚えた。

「でもさっき、なるべくなら私を殺したくないと思った。それは善意なんじゃない?」

「領主さんは地面の上をアリが歩いていて、踏むことも踏まないことも出来るとしたら、わざわざそれを踏む?」

「私はアリ扱いか」


 確かにそこでアリを踏みつけないのが善意かと聞かれると困るけどね。これまでの人生でそういうことを全く考えずに生きてきたのが災いした。いや、普通の高校生は全く考えたことないと思うけど。


 私は大きくため息をついた。一体どうすればいいんだ。もちろん正面から戦えば勝てないというだけで、彼女が今のところ殺気を見せていない以上、提案を飲む振りをしてだまし討ちにするという方法はある。

 しかし同じ人間として(出身世界は違うけど)、彼女に人並みの感情を知って欲しいという気持ちもある。それに私をアリだと認識しているという事情はあれど闇討ちをしないでくれた相手を闇討ちするというのは私の中では悪に属する行為だ。

 私が悩んでいると、オレイユは淡々と言った。


「まあ、急に言われてもすぐに決まらないのは分かる。もし錬金術師を連れていくなら仕事の引継ぎとかもあるだろうし、人間はそういうときお別れ会とかもすると聞く。だから一週間は待ってあげる」

 いや、お別れ会は「私の身の安全のためにお前を教会に差し出してやるぜ」ていうときに開くものじゃないから。そんな恐ろしいお別れ会があってたまるか。やはりこいつは人として大事なものが欠如しているな。


「まあ、一週間うちに泊まっていきなよ」

「大丈夫。さっきのは演技で、本当は路銀とかももらってるから」

「違う、あんたみたいな人格破綻者を私の領地で野放しに出来ないからだって」

「それは一理あるわ」

 真顔で納得するな。こうして私は新たな問題を背負い込むことになったのである。

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