Ⅱ 騎馬民族の姫オユン

第13話 古典的な護衛方法やってみたけど吐きそう

 アリーシャ事件から数日。教会では話し合いが紛糾しているのか、こちらでは平和な時間が流れていた。そんなある日のことだった。一人の兵士が血相変えて飛び込んでくる。

「大変です領主様、ヴォルノ鉱山からエリルへのユキノダイト輸送中、騎馬の民の襲撃を受けてユキノダイト鉱石を全て奪われました!」

「騎馬の民か……そんなのもいたね」


 アルトレード領はエリル周辺を除けば様々な勢力に不法占拠されており、元々はまあまあの広さがあったはずなのにとても狭い。騎馬の民(と私たちが勝手に呼んでいる集団)もそのうちの一つである。

 とはいえ、私の記憶では騎馬の民はこんな近くには出没しなかったはずだ。辺境のこの領地でもさらに隅っこの草原の方で移動をしていたような気がする。おそらくユキノダイトの噂を聞きつけてやってきたのだろうけど、それにしても動きが速い。さすが騎馬の民だ。


「慌てることはない。ユキノダイトは確かに莫大な価値があるけど、エリルに輸送途中ということは精錬すらされてないからすぐに売りさばくことは出来ないはず」

 そもそも精錬前の鉱石を買ってくれる相手がいるのなら私から売っている。私の言葉に兵士は少し落ち着きを取り戻す。

「数は?」

「十名ぐらいだったとのことです。風のように現れたかと思うと瞬く間に護衛を倒して荷物を奪っていったと。ちなみに死者はいなかったとのことです」

 当然ながら輸送には護衛をつけているが、兵士四人ほどなので下手な盗賊団の方が強い。私に兵士を雇うお金がなかったのと、エリル周辺のみに限って言えば治安が良かったので油断していた。そしてユキノダイトについては”新種の鉱石”としか言ってないため、わざわざ奪いに来る者がいるとも思っていなかった。

 とはいえ死者がいないということは相手によほどの自信があったとのことだろう。


「そっちは私がどうにかするから城下でユキノダイト製品を買った者がいないか、いたら身元を調べて欲しい」

 アリーシャが作ったユキノダイト製品はいくつかを試作品として城下で販売していた。売るためというよりはユキノダイトの有用さを広めて将来の販売に繋げるためであるが、そもそもこんな辺境の地に他国の人は訪れないので今のところあまり意味がなかった。そして元から城下に住んでいる人はとても貧乏なので買う余力はない。

「分かりました」

 そう言って兵士は城下の調査へ向かう。こうなった以上私が直接調査に行かなければならないんだけど、その間の留守は誰に任せよう。一応父の代からの家臣とかもいるのはいるけど、優秀だった人は父とともに討死していた。

 出来ればユキノダイトの件とかも分かって、頭が良くて知識があって信頼出来る人がいいな……そんな都合のいい人いないか、と思ったら一人いた。

 私は出かける準備をしながらリーナを呼ぶ。

「さて、私はユキノダイト強奪事件の調査に出かけるけど留守中に何かあったらアリーシャに言っておいて」

「は、はい……」

「ちょっと、何さらっと私に留守を丸投げしようと思ってるの!?」


 噂をすれば何とやら。ぷんすか怒ったアリーシャが現れる。仕方ない、いない間にさらっと丸投げするのはやめてきちんと丸投げしよう。

「立ち聞きなんて趣味悪いと思うけど」

「いや、たまたま用があって来ただけだし。私に断りなくさらっと留守を押し付ける方が悪いから」

「はいはい、じゃあ領主権限で臨時領主代行を命じる。はい、これでいい?」

「ぐぬぬ……」

 ぐぬぬって口に出す人を初めて見た。しかしアリーシャは御用錬金術師という正式な役職に任命された以上、上司で領主たる私に逆らうことは出来ないのである。素晴らしい。


「あ、それで用って何?」

「工場の人が足りないって話だけど……もういい、領主代行になったし自分でやる!」

 私の思い出したような問いにアリーシャは憤然とした様子で答える。まあそれならそれで私としてもありがたい。というかその辺りの権限全て委譲したいと思ったけど、それを始めると最終的に全ての権限を委譲したくなりそうだ。

「じゃあ任せた!」

「急にそんな全幅の信頼を置かれても反応に困るんだけど……」

 アリーシャの気持ちも分からなくもないが、私もいきなり領主を継がされたので似たようなものである。


 今回の任務はばれないことが大事だ。私は数少ない兵士のうち何人かに鉱石の護衛を命じると、地味なマントを被って変装して館を出る。

 私は目立たないようにするためあえて徒歩でヴォルノ鉱山に向かった。徒歩だと二日ほどかかったけど仕方ない。村を無視して山に登り、採掘倉庫に向かう。坑道で掘った鉱石を鉱夫たちが次々に荷車で運んできては保管している。

「調子はどう?」

「り、領主様!?」

 私が姿を現すと鉱夫たちは腰を抜かした。

「いきなり現れてびっくりしました……それはさておき領主様、エリルへの輸送はいかがいたしましょうか」

 鉱山長に任命した中年の男がおそるおそる尋ねる。一応採鉱から輸送までの現場指揮を全て任されている男であるが何分任命がここ一週間のことなので、貫禄はない。


「護衛の兵士を三人ぐらい増やしたと思うから彼らを連れてって。あと、私は荷車のどこかに隠れていくから」

 私が考えたのは古典的な方法だが、荷車の中に隠れて賊が奇襲してきたところを返り討ちにするという方法だった。騎馬の民の領地は分かるけど、結構距離があるしそこに一人で乗り込む勇気はない。それに直接現場を押さえなければ「馬に乗った野良盗賊集団がやった」と言い逃れられる可能性がある。

「な、なるほど。それなら確かに安心でございます」

 私がレべ……いや、周辺の魔物を討伐して回ったときに私の武勇は知れ渡ったらしい。まあ、私のというよりは九割以上装備のおかげなんだけど。


 そんな訳で私は箱に入って荷車の一つに載せられたままがらがらと馬に曳かれていった。私が入っているのは大きめのベッドぐらいの箱で、上に布が被せられている。私はその中に体育座りで入り、それだけだと布がたるんでしまうので隣には鉱石を入れた箱を載せることにした。


 そして馬車が出発するのだが、まず鉱石同士がぶつかるごつんごつんという音がうるさい。続いて絶え間ない振動(当然道が舗装されていない上に人が乗ることが想定されていない荷車なのでかなりひどい)が私の三半規管を直撃する。しかも最初は山道だったので私はあっという間にノックアウトされた。


「リフレッシュ! リフレッシュ!」


 私は魔剣アストラルブレードから発見した気分が良くなる魔法を連打してどうにか吐き気を撃退するのだった。

 そしてそんな地獄のような旅が続くこと半日ほど。その後あまり魔法を使い過ぎても襲撃の際に戦えなくなってしまうので使用を控え気味にしたら速攻で酔った。横になっても振動が体全体に伝わってくるためかえって辛い。早く、早く襲撃してくれ。私の願いが通じたのか、

「敵襲だ―!」

 護衛の兵士たちの声がして荷車が止まる。

「よっしゃ」

 私は喜び勇んで布をとり、魔剣を持ったまま飛び降りたのだった。

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