第12話 一蓮托生って知ってる? あなただけ逃げるのは許さないってことだよ

「ふう、危ないところだったけどとりあえず当分は何とかなった」

 エリアが去った後、しばらくの間私は力が抜けて座ったまま動けなかった。元々コミュ障の私にとって、自分が考えた妄想を自身満々に話して大見栄を切るというのは単なる拷問であった。

 何でこんなに頑張ってしまったんだろう、と自問自答したくなるほどだ。確かに今の領地にアリーシャの存在が必要不可欠だというのはあるけど、本当のところ私は聖遺物に神聖さを何一つ感じていなかったからだろう。自分が納得いかない罪に問われている人がいたから助けた、というのが本当のところだと思う。……まあ、アリーシャも何だかんだ悪い奴ではないしね。


「もう、どうしてあんなことしちゃったの!?」

 私が心地よい疲れに浸っていると隣の部屋で今のやりとりを聞いていたアリーシャが蒼い顔をして駆け寄ってくる。

「どうしてって……アリーシャはまだ私にとって必要だから」

 私の言葉にアリーシャは一瞬照れたような表情になるが、すぐに真剣な表情に戻る。

「それはそうだけど……」

 自分で肯定するな。とはいえ、この時まだ私には達成感と優越感が入り交ざった感情があった。正直、口が悪いけど優秀なツンデレ錬金術師を助けてあげた、という満更でもない気持ちは結構あった。

 が、アリーシャは依然として納得していない顔である。


「だからって自分が何したか分かっているの!? もしかしたら教会を敵に回すかもしれないんだよ!?」

「まあこれで許されるかは分からないけど、教会で神学論争してそれが確定するまでは時間稼ぎ出来るんじゃない?」

 私の素直な感想にアリーシャはため息をついた。

 私はこの表情を今まで何度か見たことがある。それらはいずれも、調子に乗ってイキっているクソガキに大人が憐れみとともに何かを教え諭すときのものだ。それを見て私は嫌な予感がする。

 そしてアリーシャは出来の悪い生徒に物を教えるような調子で言う。


「いや、あなた聖遺物や神学に関する論争を単なる学術論争か何かと勘違いしてるでしょ?」


「へ、違うの?」

 ここに来て私は嫌な予感がした。やはり、というふうにアリーシャはまたため息をつく。

「あなたの言っていることは確かに論理的には間違っていないかもしれない。でも、教会が論理的に結論を出すかは分からないし、私もあなたも知らない新事実が賢者の石から見つかるかもしれない」

「いや、そしたら素直に誤りを認めるけど」


「本当に何も分かってないんだね。神学論争で敗れた人の末路の一つが“異端”だよ」


「ああ……」

 そこでようやく私は事態の深刻さを理解した。世界史を勉強したときに習ったことを思い出す。キリスト教の教義解釈で主流になれなかった教派は異端とされて追放され、時には死刑になる者もいたという。

 学問の場では知的好奇心は守るべきものとされ、不正さえなければ議論は自由だし、論理的に正しい(もしくは矛盾が少ない)方が勝者となる。逆に負けたとしても、不正確な議論をした奴とは思われるけど、それ以上の不利益はない。そういう場にいる気持ちで宗教について論じるのは間違っていたかということか。くっ、異世界転生にこんな落とし穴があったなんて。


「つまり、私の説が否定されたら私まで罪に問われると」

「うん。聖遺物について怪しげな解釈を提示した上に最後にしなくてもいい脅しで私のことをかばっちゃったからね。……あーあ、そこまで分かった上で私を守ってくれたのかと期待したけど、単に分かってなかっただけなんだね。だからあれほど止めたのに」

 まずいんだけど。私の説は私が持っている情報の範囲ではそう解釈出来るというだけで、証拠も何もない。


「という訳でこれで一蓮托生になってしまったね領主様。教会から正式に討伐軍が来たら一緒に逃げよう」

 アリーシャが自棄になったように言うが、冗談じゃない。

 逃げる? そんなこと出来るか。私はせっかく領主として転生してきたのに、全てを手放せる訳がない。第一、ユキノダイトは私が頑張ってバイトで貯めたお金が課金されているのだ。それを手放してこの世界でこれからどう生きていけと言うのか。


「逃げる? そんなこと出来る訳がないでしょう? 私には領地と領民を守る義務があるんだから」

「領民を守る義務があるなら軽々しく賢者の石問題に首を突っ込むべきではなかったのでは……」

 心の声をせっかく格好良く言い換えてみたのに、アリーシャが何か言ってくる。が、全く聞こえない。

「という訳で教会が討伐軍を派遣してくるようであれば私は断固抗戦する。そのときはアリーシャも一軍の将にしてあげるね」

 『一人だけ逃げるなんてしないよね』という無言の意図をこめて私は言う。その言葉にアリーシャは本心から嫌そうな顔で答える。

「全くなりたくないんだけど。まあいいわ、あなたの自滅とはいえ元の発端は私な訳だし、それまではせいぜい働いてあげる」

 ふふ、とんだツンデレだね。私は彼女がデレた一瞬の隙をついてここぞとばかりに畳みかける。


「本当に!? じゃあ改めて相談なんだけど、今はユキノダイトはヴォルノ鉱山しかないけどそちらの採掘も軌道に乗ったしそろそろ二つ目の鉱山を……」

「せっかくいいところもあると思ったのに! 鬼! 悪魔! ブラック領主!」

「それは私が異端とされるかもしれないことと教会の敵である悪魔の存在をかけた高度な悪口ジョーク?」

「違うわ!」

 こうして正式にアリーシャはアルトレード領の御用錬金術師となった。他にもなし崩し的に鉱山卿、工場卿など大量の役職を兼ねることになって常に文句を言うことになるが。

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