第11話 人の分際で聖遺物にどうこう言うのはお門違いでしょ。まあ私も人だけど
「さて、観念して石の正体を話してもらおうか」
私もゲーマーの端くれである。不利益になりそうと思っていても未知のアイテムがあればその効果を知りたいと思うものだ。最強錬金術師であるアリーシャの知的好奇心は私の百倍はあるだろうから、そう思うと犯行にも納得いく。私の言葉にアリーシャは何度目かのため息をもらす。
「仕方ないか。もうどうなっても知らないから。石の正体を私は黙っておこうと思ったけど無理やり口を割らされたって言うからね?」
「いいよ、実際そうだし」
「本当に聞き分けがないんだから」
アリーシャの様子を見る限り、本当に私に気を遣って話すのを拒否しているところがあるので、逆に申し訳なくなってくる。とはいえここまで来た以上行くところまで行くしかない。
「いや、石を分解した人に言われたくないけど」
そもそもアリーシャが知的好奇心を我慢してればこんなことにはならなかったんだからアリーシャが悪い(断言)。
「それもそうか。結論から言うと石は陳腐なものだった。私は無限の物質を金に変換するような効果だと期待してたけど、違った。石に出来るのは“とある金属をそれと等価値の黄金に変換する”それだけ。まあ両替の手間が省けるってぐらいかしら」
確かに地味だけど、鉱山に持っていったらいちいち産出物を誰かに売って金に変える必要がないから便利なのでは?
私もユキノダイトを輸出する手間が省けるから欲しいかも。いや、ユキノダイトは金属じゃないから無理か。ちなみにユキノダイトは金属というよりは石に近い物質みたいだ。
「え、割と強いんじゃない?」
「いや、多分産業に使うほどの量だと結構時間かかると思うけど。それに聖遺物に期待されてる効果ってそういうのじゃないし。私だって膨大な原料を使っていいなら黄金を錬成することも出来はするからね?」
「すごいね」
確かに生成される黄金の価値と同等かそれ以上の価値の原料を要するようではあまり意味がないだろう。せいぜい金属の相場が変わったときとかに素早く金に換えて損切りが出来る……ん、待てよ? 相場? そこで私は引っかかりを覚えた。
「ねえ、賢者の石の本当の効果で、同じ価値の金属に変換するって言ったよね?」
「うん、そうだけど」
「その相場ってどの相場? 金属の相場って永遠に不定って訳じゃないでしょ?」
「もちろんそうだけど。基本相場にかなり近いわ」
この世界でも銀山が発見されたとか鉄の鉱脈が涸れたとかで金属の相場が大きく変わることはある。しかし普段は少々の産出量の変化があっても取引自体は基本的な相場で行われることが多いらしい。もちろん商人個人レベルの要不要で変わることはあったが。その大本の相場に近いということだろう。
「近いってことはぴったりではなかった訳だ」
「うん、そうだね。一応実験には正確を期してるからそれは間違えない」
そこで私はある仮説を思いついた。本当かどうかは私の知識では確かめようがない。というか本当じゃなかったらやっぱり知ってはいけないことを知ってしまったことになるので確認したくもない。でも、仮説が正しければアリーシャは口を封じられる必要はなくなるかもしれない。
「アリーシャ、もしかしたらそれ本物の聖遺物かも。だとしても分解した罪は消えないけど」
「え?」
アリーシャが困惑する。
「さて、私は教会の使者と会ってくるから隣の部屋からでも聞いておいてよ」
「う、うん」
私は自信満々威風堂々(の風を装って)と館に戻るのだった。
「さて、話を続けましょうか」
が、堂々と戻って来た私をエリアは白い目で見つめる。ちなみにリーナは律儀にお菓子や紅茶を振る舞ってエリアを足止めしてくれていた。本当ごめん。
「随分長いトイレでしたね。一応言っておきますが、もし万一逃亡を幇助などされると罪は領主様にまで及ぶのでやめた方がいいかと」
こいつえらく攻撃的だな。まあ彼女にとって私は罪人を匿ってとぼけているやつにしか見えないんだろうから仕方ないけど。
「違うんだなこれが。まず私が雇っていた錬金術師シャリアは確かに“神の手”のアリーシャだった。これは認めよう」
素直に認めたのが意外だったのかエリアはほう、という顔をする。
「でもって、アリーシャが“賢者の石”を分解した。これも本人がそう言ってたから多分本当」
「そうです。ですからさっさと引き渡してください」
「ただ、石の解釈については間違っている。アリーシャから聞いた限りだと石は金属を等価値の黄金に変換するしょっぱい効果しかなく、聖遺物ではない偽物ではないかと教会は考えてアリーシャの口を塞ごうとしてる。だよね?」
「な、ななな何で知ってるんですか。それだとあなたの口も塞がないといけなくなって困ります」
エリアが動揺を露わにする。そして動揺の結果がえらく攻撃的だな。
「でもその必要はない。なぜなら石は本物の聖遺物だから」
「あなたに何が分かるんです? 適当なことを言わないでください」
私の言葉をエリアは一蹴しようとする。
「私も一応金属の専門家だからね。いい? “賢者の石”の主要な効果は金属を黄金に変換することではない。それは方法とか過程に過ぎないんだよ」
「はあ?」
「いい? 神様は地上を支配する人間に対していくつかの物を残していった。それが聖遺物。だからこの石も神様が地上を支配するのに必要だと神様が判断した機能がついていると考えるのが自然」
まあ私は聖遺物の何たるかを全く知らないんだけどね。
「まあ、それは」
「神様が触れたものを皆黄金に変えるなんて欲にまみれたものを遺していく訳がない。神様は金属の真の価値というものを残していったんだよ」
「真の価値?」
「そう。人間が鉱山を探す以上、地上に流通する金属の量は常に変わるし、そうなれば価値も上下する。でも神様はこの世界の金属の総量を把握している。だからそれを表すために石を作った。変換するというのはあくまで価値を表すための手段に過ぎない。それを人の分際で偽物とか言うのは神に対して不遜極まりないと思うけど」
私の言葉にエリアは目を見開いた。どうだ、これで。私の新解釈にさすがのエリアもしばらくは呆然とすることしか出来なかった。そして少しして悔しそうに口を開く。
「何と……確かにその説は教会に戻って確認しなければなりません。ただ、だからといって石を分解した罪が消える訳ではありません。彼女には共に来てもらいます」
やっぱりその罪は消えないか。でもここまで認めさせたんならあともう一押しだ。
「いいの? もし下手なことをすれば教会が聖遺物の真の意味を理解しておらず、偽物だと判断して大騒ぎしてたって噂を流すけど。アリーシャのおかげでそれが分かったんだし、プラマイゼロってことで収めてくれないかな?」
エリアはしばらくの間沈黙した。が、やがて屈辱的な表情に変わっていく。
「……それも教会に持ち帰って議論しますっ! でも、もしそれがでたらめだと分かれば容赦しませんからね!」
エリアは捨て台詞を吐くとそのまま館を出ていった。それを見て私も体から力が抜けて崩れ落ちるように椅子に座る。ふう、危なかった。相手が論理の通じない人間だったり、この世界の常識が私が思っていたのと違ったりしなくて本当に良かった。これで何とか当面の危機は回避出来たみたいだ。良かった良かった。
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