第10話 ついカッとなって分解した。反省はしていない
「まあ一応お話しておきましょうか。教会には聖遺物という宝物があるのはさすがにご存知ですよね? 聖遺物はサンタ―リア神が直接作られた、もしくは神界からもたらしたとされる物品です。当然人が軽々しく触れていいものではありませんし、王国の法律でも陛下もしくは大司教様の許可がない限り触れることすら禁じられています」
「うん、それくらいは知っている」
それはアルナの知識にもあった。私が頷くとエリアは淡々と話を続ける。
「で、聖遺物の一つに“賢者の石”と呼ばれている物があります。呼ばれているとはいっても、私たちが呼んでいるのではなく一部の者が勝手に名付けただけですが。そもそも触れてはいけないので実際の効果は分かりませんが、伝説によると触れた物質を黄金に変換する力を持つとのことです。それを宮廷錬金術師アリーシャはあろうことか賢者の石を盗み、その上分解したのです」
最後の方は怒りゆえか少し語気を強めながらエリアは言う。
そんなことをやらかしたのか。とはいえ気持ちは分からないでもない。私は日本人だからそういう神的な存在への信仰心は薄いし、アリーシャに知的好奇心や向上心があるのはしばらく一緒にいて分かった。
初めて見たユキノダイトでもアリーシャは自分が思う最強の魔剣を打たずにはいられなかった。そんなアリーシャが賢者の石などという錬金術師にとっての悲願とも言える物があるとすれば分解してしまう気持ちは理解できる。
むしろ現代日本人の感性としてはそんなすごいものの効果を今まで試さなかったことが驚きである。聖遺物の中に人間の生活に役立つものがあるかもしれない以上、一度全部試してみるべきではないだろうか。
さて、ここからどうしようか。何はともあれ本人に事情を聞いてみないことには始まらない。
「なるほど、ちょっと本人に確認してくるので待っててね」
「私を連れて行ってもらえれば本人かどうか分かるんですが」
意外とエリアはぐいぐい来るタイプだった。
「でも今かなり危険な実験とかしていて、素人が迂闊に近寄ると危ないから」
「そんな危険な実験をしている最中に話しかけるんですか?」
だめだ、完全に怪しまれてる! まあこんな使者を派遣して空振りだったら失礼なんてものじゃないし、ある程度確証を得てから来てるとは思うけど。
「じゃあトイレ!」
「え、ああ、あの……」
私は有無を言わさず部屋から逃げるように立ち去る。さすがにトイレに行くなとは言えまい。
「リーナ、足止めお願い」
「えぇ……」
部屋から脱出した私は困惑するリーナを置いてとりあえずアリーシャに会いに工房にいく。一応事実確認と動機を聞いておきたい。最近は工場も安定してきたから工房で自分の研究をする時間を取り始めていると言っていた。
アリーシャの工房は街はずれにぽつんと建っていた。在宅を示すように煙突からはゆったりと煙が流れ出ている。私はほっとしてノックする。
「あのー、私だけど」
「あー、ごほごほ、ちょっと風邪かな? 体調悪いかも」
何というわざとらしさだ。こんなわざとらしい仮病があってたまるか。ちなみにエリアの件はまだ知らせてないから、これは純粋に私に会いたくないという仮病である。……それはそれで嫌だけど。
「違う、別に仕事をさせに来た訳じゃないから仮病使わないで」
「なーんだ、それならそうと言ってくれれば良かったのに」
そう言ってアリーシャはドアを開けてくれる。変わり身早っ。最近のアリーシャには余裕が出来たのか、中には少しずつ魔術道具が増えており、今も鍋のようなもので何かの薬品を温めているようであった。広さは工房の中でワンルームマンションぐらいだけど、壁際には本棚や薬品棚があり、圧迫感がある。机と椅子はアリーシャの書き物用のものしかないので私は床に座る。
「単刀直入に言うと、サンタ―リア教会から使者が来たよ。アリーシャを引き渡せって」
私の言葉にアリーシャは小さく驚いたがすぐに諦めたような顔になり、はあっと息を吐く。
「もう来ちゃったか。短い間だったけど世話になったわね」
自分の中だけで勝手に納得されても困るんだけど。
「ちょっと待ってよ。まず石を分解したのは本当?」
「本当だよ。別に冤罪とかじゃないし、単に分解したいって気持ちになったから分解しちゃっただけ。別に何か差し迫った事情とかもない」
アリーシャはため息をつきながら言った。同情すべき点などないのだからさっさと引き渡せとでも言うかのように。思えば、アリーシャはずっとこの時が来たら素直に引き渡されようとしていたのだろう。偽りの名前で仕えていたのも私に迷惑をかけないためだろう。
とはいえこれで会話が終わるのはあまりにも寂しすぎる。仕方がないので私は何とか質問を考える。
「ちなみに賢者の石はどうだったの? 何かすごいものだった?」
するとアリーシャは嫌そうな顔をした。
「あんまりこの件について知りすぎない方がいいと思うけど」
「ていうことはやっぱり何かあるでしょう! 仮に石を解体したのはただの好奇心だったとしても、それだけじゃすまない何かが! だからわざわざこんな辺境まで亡命して追手が放たれる事態になってるんだよね!?」
良かった、これで本当にただアリーシャが暴走、分解して罪に問われただけの事件だったらどうしようかと思った。
「そう思うんなら私をさっさと引き渡した方がいいと思うけど。私は石を分解した。一応元に戻したけど分解した事実は消えない。だから罪に問われている。それだけだって」
アリーシャの性格からして事実関係に嘘を混ぜることはしなさそうに思える。ということは好奇心で石を分解したというのは本当だろう。
それだけで大罪というのはここが異世界である以上分からなくもないが、それなら石がどういうものだったかぐらいは教えてくれてもいい気がする。そしてアリーシャの言動からすると石の正体というのは知ってしまうと都合が悪いことである。ではこの流れから考えられる石の正体とは何だろうか。
が、私が考え込んでいるのを見てアリーシャは声をあげる。
「ちょっと、私が親切に引き渡されてあげるって言ってるのに、何で知るなって言ってることを推理してんのよ!」
「静かにしてて! 今もう少しで分かりそうなの!」
思考を中断された私も少し声を荒げる。
「はあ? 分かるなって何度も言ってるのに! いい加減にしないと気絶させて何も考えられなくしてやろうかしら」
アリーシャは本気で私の身を案じてくれているのか、部屋の隅に立てかけてあった杖を持つと振り上げる。え、気絶させるって物理的な気絶だったのか。仕方なく私も魔剣に手をかける。777の魔法を組み込んだだけあり、この状況にも適切な魔法があった。
『インテリジェンス』
お、何か急に頭の回転が早くなったぞ。ちなみにアリーシャは物理攻撃については素人だったようで、杖の一撃は私があっさり魔剣で受け止めた。
「ははーん、これはいくつかの選択肢があるけど。賢者の石が実は邪悪なものだった、もしくは価値のない偽物だった、それで口を塞がれようとしている、そんなところじゃない?」
私の言葉にアリーシャは脱力してその場にへなへなと座り込む。どちらかが正解だったみたいだ。
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