第9話 “神の手”がここにいるのは不自然と思ってたけど

 その後私はエリル周辺の魔物をいちいち探して討伐して回った。レベリングという不純な意図はあったものの、これで領内の人々は暮らしやすくなり、ひいては生産性を高めることにもつながるだろう。


「魔物討伐はいいけどたまにはこっちも手伝ってよ!」

 今日もゴブリンの群れを殲滅して心地いい疲れとともに帰ってきたら、心地いいじゃすまないぐらい疲れて見えるアリーシャが非難がましい目でこちらを見てきた。

「でも、魔物討伐は領民の生死に直結するから」

「もう、こっちは工場の生産量と採掘量の向上、人手の確保と教育を全部やらないといけなくて大変なのに。どれだけ大変か分かってる? 採掘量だけ増やすと未精錬の鉱石が溜まってくし、工場だけ増やしても人手がないと稼働しないし、せっかく精錬のやり方を教えても採掘量が足りないと手持無沙汰になるし」


 アリーシャはぶつぶつと文句を言っている。文句の内容からまじめに仕事に取り組んでくれていることがうかがえる。

「でも軌道に乗ってるんでしょ?」

「それは最強錬金術師のこの私が不眠不休で知恵を絞っているからであって……全く、人使いが荒いんだから」

 そう言いつつアリーシャは満更でもなさそうな顔をしている。本人が気づいているのかは知らないが、そこはかとなく「文句を言いつつもこんな激務をこなしてしまう私格好いい」オーラを感じる。気のせいだろうか。


「ところでずっと気になってたんだけどその最強錬金術師のあなたがずっとこんなところにいるなんてやっぱり変じゃない? 私としては願ったりかなったりなんだけど」

 とりあえず鉱石の精錬が軌道に乗り、魔物討伐も一段落したので私は後回しにしていた疑問を尋ねてみる。するとアリーシャの顔色が変わる。そして少し俯きながら答えた。

「知らない方がいいわ。知らなければ『何となく雇ってました』で済む問題でも、知ってしまうと言い訳が効かなくなることってあるから。あなたは野良錬金術師シャリアを雇った。何かおかしいなと思ったけど有能だったからあえては追及しなかった。それでいいのよ」

「ふーん。まあいいけど」

 幸か不幸かやることは山積みである。魔物の討伐が一段落したら精錬されたユキノダイトの販路も営業しないといけない。こればかりはアリーシャには任せられないし。だからまたその時が来たらアリーシャのことは追及しよう、ということにして私は思考を打ち切る。

 ちなみにこの思考法は夏休みの宿題等を先送りにするときによく使う手段で、一度先送りにすると二度と自発的にそれに取り掛かることはない。


 数日後。アリーシャの超人的な技術と思考力により採掘と精錬のサイクルは確立されつつあった。そしてそのたびに人員を手配したり倉庫や工場を建設する手配をしたりするのは私なので、私は私でちっとも暇ではなかった。

 とはいえ、その甲斐あってアリーシャの給料分を差し引いても余剰のユキノダイトが産出するようになった。そろそろ生産の拡大をやめてアリーシャには休みを与え、私も営業に回ろうかな、などと思っていた時である。

「アルナ様、中央の教会からの使者という方が来ました」

 リーナが困惑した表情で私のところに来る。確かになかなか教会から使者が来ることはないから困惑するのは分かる。


 さて、ここエトワール王国にはサンタ―リア教という国教がある。

 サンタ―リア教は一神教であり、サンタ―リア神という神を信仰している。神話の時代、サンタ―リア神も普通に地上にいたが、悪神との戦いで力を失い現在は神界で疲れを癒している。ちなみに悪神も魔界で疲れを癒しているらしい。

 神は自分がいない間、代理で地上を治める人という種族を創造した。しかし悪神も魔物という尖兵を創造し地上を神から奪おうとしている。こうして人類の歴史が始まって以来、神々の代理戦争が続いている、という神話がありサンタ―リア神を信仰して魔物を倒そうという教義である。

 そのために人間は力を合わせるべきであり、現在のエトワール王は神託を得て人間を統治しているので皆も協力しようという権力者に都合のいい教えが主流である。


 そんな王国に都合のいい教えを広めるサンタ―リア教会は王国の庇護を受けて大きな力を握り、各貴族の領地にもいくつもの教会を建てていた。力関係によっては教会の言いなりになっている貴族もいるという。

 ちなみにエリルにある教会はさびれている。ここまでの説明だとさびれていてもいいような気もするが、教会は厄介なだけではなく民心を安定させて時には開墾や治水を主導してくれるのでどちらとも言えない。

 確かに上層部は権力者にすり寄っているところがあるが、末端の人々は普通にいい人達で、領民の生活向上などに協力してくれている。


 という訳で私のような辺境領主に教会が用があるとは思えない。そのため私は首を捻りながら教会からの使者を応接間に通した。

 彼女は白いローブに白いヴェールを被り、サンタ―リアの聖印を首から下げた典型的な聖職者の服装をしていた。年は十五、六ぐらいだろうか。成人したばかりだから辺境への使者という面倒な仕事をさせられたのだろうか、と考えると少し可哀想だ。


「遠路はるばるこんな辺鄙なところまでご苦労さん」

 向かい合って座ると私はリーナに頼んでお茶を出してあげる。

「いえ、お気遣いなく。これもサンタ―リア神の御心によるものなので。初めまして、神官のエリアと申します」

 彼女、エリアは聖職者らしい丁寧な口調で言った。

「私が領主のアルナ・アルトレード。もっとも跡をついで一か月も経ってないけど」

 私は自嘲気味に言う。


「では早速本題に入りましょう。領主様はご存知でしょうか? 先日起きた宮廷錬金術師アリーシャという者が犯した事件を」

「!?」

 私は驚きかけたがすぐに表情を元に戻す。やはり何か面倒なことをやらかしていたのか。でも、うちにはそんな人はいない。野良錬金術師シャリアを雇っただけだ。

「へー、うちは辺境だから全然そういう情報入ってこないなー」

「すごい棒読みですが大丈夫ですか?」

「……」

 残念ながら私の演技は秒で見破られてしまった。そしてエリアと名乗った少女は事件について話し始める。

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