第19話 疲れたけどまだ始まりに過ぎないんだなって
「まさか本当に沼地の王を倒してしまうとは」
遠巻きに戦いを見ていたオユンが感嘆の声を上げる。とはいえ、元々あった沼は目の前に残っているし、周囲には沼地の残骸が広がっている。この土地を騎馬の民が生活出来るような土地に戻すにはまだ日数が必要だろう。
「おおむねこの魔剣の力だけどね。やっぱりユキノダイトはすごいものだから、出来れば高く売って欲しい」
「そうだな、商隊の者に相談してみよう……あ、あくまで商隊は我らとは無関係だがな!」
「あ、まだその設定あったんだ。あと、最初に略奪した分のお金はちゃんと払うよう言っておいてね」
「いや、精錬されてないまま持っていても仕方ないから返ってくると思う」
オユンは気まずそうに言う。最後に残った沼に数発火炎魔法を撃ちこんで干上がらせた後、私たちはこの場を離れた。沼地の王を倒したのでそのうち干上がっていくと思いたい。
「あー、疲れた」
元々吐きそうになっていたところを数時間馬に乗り、魔法を限界まで使った後、オユンの馬でまた数時間かけて館に連れ戻された私は干物のようになっていた。しかも昨日からここを離れていたせいでまた書類が溜まってるし。アリーシャも最低限のことはしてくれていると思うけど、本来の仕事も忙しいだろうし。
「お帰り、どうだった?」
そんな私にアリーシャが声をかけてくれる。彼女も私に回ってくる報告などをいちいち聞かせられていたせいか、かなり疲れて見えた。
「何か色々あって沼地を干上がらせてきた。疲れた」
「は? 沼地を?」
目をぱちぱちさせて困惑するアリーシャ。私はぐったりして椅子に倒れこむように座る。
「この領地、辺境の方は沼地に呑まれそうになってるっぽくて。あ、略奪の件も多分何とかなりそう」
「へえ……辺境は大変だね」
「いや、他人事だけどアリーシャはもう一蓮托生だからね?」
私が釘をさすとアリーシャは露骨に嫌な顔をする。
「あと、ユキノダイトの売却も何とかなりそう」
「売却の方はゆっくりでいいんだけど。生産もまだ始まったばかりだし。……ああ、そう言えば城下でユキノダイト製品を買った人が分かったっていう報告来たけどあれは何?」
「ああ、おそらくユキノダイトを強奪した人は今後他領に売らなきゃいけないでしょ? だったら製品を買ってこんな物が作れますよって営業するのに使うんだと思う」
とりあえずその商人がアルタイ商会と繋がっているのだろう。一応最後までオユンはアルタイ商会の者を教えてくれなかったので、こちらから手繰れる糸口があるのはありがたい。
「なるほど。ちなみにどのくらいの相場で売るの?」
「とりあえず最初は安くしとこうかな」
「え、じゃあ私の給料も増やしてよ」
アリーシャへの給料は一般的にこの職に就く者だったらこのくらいかな、という相場を私とアリーシャが何となく相談したユキノダイトの相場を元に決めている。だから私が安値で売るとアリーシャは損をしているということになる。
「商売だから最初は安値で売って、買ってくれる先が増えたら自然と値上がりするでしょ。それに変動相場制にしてもいいけど、そしたら相場が高騰したら減らすけど」
ユキノダイトの価値が上がればアリーシャへの給料が減る。
「……じゃあ今のままでいい」
「ていうことはアリーシャも本当はもっと価値があるって思ってるってことじゃん」
「……。ところで帰って来て疲れてるところ悪いけど、書類溜まってるから」
そう言ってアリーシャが二日分の書類の束を差し出す。
「いや、その……今日はちょっと疲れてるんだけど」
「うん、知ってる。私もいつも疲れてるから」
アリーシャはにっこり笑顔を浮かべて書類を突き付けてくる。
「大変申し訳ありませんでした」
私はアリーシャの待遇を改善することを誓い、どうにか今日は休ませてもらうことにしたのだった。
その後、私はあと一回辺境の沼地の後始末をするために旅立つことになった。沼地自体は干上がったものの、土地がじめじめしている上に変な生き物が棲みついていて不毛な地になっていたのを一度全て焼き払って荒れ地に戻した。元から生えていたのも荒れ地でも生えるような逞しい草だったから、また勝手に広がっていくだろう。
さらに一週間後、オユンからきちんとユキノダイトを買い取りたいの要望が来た。商人が自分で買いに来ればいいのに、と思ったが繋がっているのがばれるのが困るのだろうか。何にせよ、商売までプロデュースする手間が省けたのはいいことだ。
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