第18話 VS沼地の王 Ⅲ

「ぐおおおおおおおお」

 沼地の王は叫び声のような、ただの風音のような判別のつかない声を上げる。気のせいか、彼(?)の叫びにより周囲の霧が濃くなったような気もする。どう倒したらいいのかよく分からないが、顕現したてで動きが鈍いうちに叩くしかないか。

 とはいえ、物理的に斬りかかるのは何となく効果がなさそうな気がする。しかしサンダーボルトも利かなかったからな。属性を変えてみるか。


『ウィンドカッター』『リインフォース』


 魔剣の周囲に空気の刃が形成され、沼地の王に向けて飛んでいく。刃が通り過ぎた箇所は辺りに立ち込めていた霧がかすかに霧散し、きれいな空気の軌跡を描く。刃は王の首、両手両足を切断するべく飛んでいく。

 王はそれを見てよろよろと翼を動かす。するとわずかに体が浮き上がり、ぼたぼたと気持ち悪い液体が池に垂れる。首と足への狙いがそれたものの空気の刃は手首に相当しそうな部分を斬りさく。そして王の左手首がぼとりと沼に落ちる。


(やったか!?)

 が、すぐに王の左手からどろどろした液体が噴き出して左手を形成する。そして沼地から足をつたって液体を吸い上げた。これは再生能力のようなものか。


 さて、私の攻撃を受けた王はおもむろに口を開いた。私は直感的に危険を感じる。魔剣の知識が脳内に流れ込む。避ける、防ぐ、どうするか。いや、もしこいつの口から出てくるのがこの液体ならば防いだとしても私の足元を占領されるのはまずい。


『ウィンドストーム』『リインフォース』


 直後王の口から液体がブレスのように発射される。が、私の前で発動した風の魔法により液体は私の近くではなく、すでに沼になった辺りに飛び散っていく。ならば次はこちらの反撃だ。直接的にダメージを与える魔法では再生されるだけだろう。


『アースバインド』『グロー・プラント』『フォトジェニシス』


 私の足元にかすかに茂っていた草や沼の中に漂っていた藻が突然急成長を始める。この辺のよく分からない瘴気に当てられて枯れる寸前だった草や、本来大して成長するはずでもなかった藻がぐんぐんと大きくなっていく。植物たちはみるみるうちに茎を伸ばし、王の体へと巻き付いていく。それでもなお成長は止まることなく、王の体は植物でぐるぐる巻きになった。厄介な口も顎の上下から茎でぐるぐる巻きにして開けられないように封じてしまう。


 が。私が完封したと思った瞬間、王の輪郭がどろっと崩れた。あまりの光景に私は一瞬自分のめまいのせいかとすら思った。どろりとした王の体は植物の拘束を抜けると、すぐ隣に再び同じ形で顕現する。

 すでに一度顕現していたからか、今度の顕現はスムーズであった。一応ダメ元でサンダーボルトやファイアーボールを撃ちこんでみたが、形成を遅らせる程度の効果しかなかった。


 さて、再生(?)した王はもう一度口を開く。その口内に魔力のようなものが練られていくのが少し離れた私からでも感じられる。今回は風で散らすのは難しいか。仕方ないからちゃんと正面から受けるか。


『マジックバリア』『フォースシールド』『アースガード』

 

 私は思いつく限りの防御魔法を唱え、目の前に三重の防壁が形成される。そこに向かって王の口からどろっとした淀んだ茶色の液体が噴射された。私が恐れていたほどの威力はなかったらしく、三重防御に命中した液体はそのままどろっと落ちていく。が、粘液が落ちた箇所は地面ごと沼になっていた。


 おかしい、確かに王の口からは大量の液体が噴射されているとはいえ、地面の上に落ちている以上そこが沼になる訳はない。ということはこれは酸のように土地を浸食する効果が含まれているのだろうか。

 こいつは沼地を増殖し、増殖した沼地からまた新たな力を得る。だから極論こいつにとって、沼さえ広がれば私を倒すかどうかなどどちらでもいいのだ。私は戦慄した。今も防壁に防がれた粘液が足元に広がり続けている。


 そうか。こいつが沼地そのものだとすればやることは二つ。一応テレポートで遥か遠くに転送するという方法もあるけど、迷惑だからさすがにそれは除こう。残った手段は一つ、沼地ごと消滅させてやる。


『ホバリング』


 私は地面から少し浮き上がる。浮き上がった瞬間、足元にどろりとした液体が流れ込み、そこも沼に占拠されていく。私はそんな足元に剣を突き付ける。


『バーストフレア』『ヒートフレイム』『トリプルマジック』『リインフォース』


 魔剣から三つの炎の球が現れ、今形成された沼の上に散らばる。

 次の瞬間、どごおおおお、と耳を潰すような爆音を立てて炎の球が爆発し、足元の沼地から大量の水蒸気と水柱が吹き上がる。防御魔法、耳にもかけておけば良かったな。ちなみにさっきも同じ魔法を使ったからか、魔剣の反動は大したことなかった。


 しばしの間、私の周りは真っ白い水蒸気で覆われて何も見えなくなった。一応三重の防御魔法だけは私の周りに引き付けて備えておく。しかし王からの攻撃はない。私の攻撃が効いたのか、単にこいつの動きが遅いだけか。


『ウィンド』


 そよ風が吹いて私の周りの水蒸気を払っていく。水蒸気の霧が晴れた周囲には沼地の王の姿はどこにもなく、ついでにきれいな虹までかかっていた。


「勝った……のか?」

 今一つ釈然としなかったが、足元を見るときちんと水分は蒸発しており、魚の死骸やカニなどの死骸、干からびた藻などが転がっていた。そして王がいたところには王と形が似て居なくもない骨格が転がっている。それを見て私はようやく王を倒したような気持ちになった。

 こんなに短時間で普通の土地を沼地に換えてしまうこいつらはやはり恐ろしい。まあ、あとは元々の沼地の方も何とかしないといけないんだけど。

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