第7話 準備完了
「……ねえ、過労で死にそうなんだけど」
数日後、私の元にげっそりした顔のアリーシャが現れた。出会った時は自信満々威風堂々天上天下唯我独尊といった感じだったが、今では頬がこけて生気のない目をしている。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ!」
そう言ってアリーシャはくわっと目を見開く。お、これは私の知っているアリーシャっぽい。
「だって朝は鍛冶職人への技術指導、昼はユキノダイト精錬工場の技術指導、仕事が終わってからマジックアイテムの製作。休日は新設した自分の工房の改良。もう寝るときしか休みがないんだけど。王都にいたときは一日2~3時間の講演とか指導でお金もらって残りの時間は全部研究と製作に回してたのに」
よほど鬱憤が溜まっていたのだろう、アリーシャはまくしたてるように話した。
とはいえ給料はきちんと払っているし残業となっているマジックアイテムの製作も別途代金を払っている。工房の改良が労働時間に含まれるかは何とも言えないところだけど。後ろ暗いところがない私はとりあえず営業スマイルを浮かべる。
「私のために身を粉にして働いてくれてありがとう」
一瞬、チッという舌打ちのような音が聞こえてくる。
「……いや、あなたのためじゃないし。“神の手”と呼ばれる者としていい加減な仕事が出来ないっていう矜持があるだけだから。ああ、報酬でもらったユキノダイトは貯まっていくけど自分用のアイテムは時間なくて全然作れない……」
アリーシャは疲れ切った表情で言う。ちなみに私は多少申し訳ないが、八時間ぐらいの労働時間内で領主の仕事をして余った時間で資源精錬工場の技術指導を行っていた。
何で領主の仕事がそんな暇かって? 一つには領内が魔物や邪教徒に占拠されていて実効支配しているエリアが少ないこと、二つ目は占拠されているエリアについての対策をとりあえず放棄していることが原因だ。
ちなみに魔物などがいない村からの納税も滞っているけど、督促も出来ていない。ヴォルノ村の様子を見る限り、本当に荒廃していて納税出来ていないところもあるのだろうし、そこら辺の見極めをしないといけないからだ。
そんな訳で今の私には仕事も収入もほぼない。
「で、ユキノダイトの精錬はうまくいってる?」
「精錬はうまくいってるけど、私の給料とあなたに売るマジックアイテムの製作でほぼなくなってる」
「……」
まあまだ数日だし、工場が軌道に乗ればなんとかなるでしょ。
「とはいえその甲斐あって色々出来たけど」
そう言ってアリーシャは私の前に一つの箱を置いた。これが製作品だろうか。 そして中からアリーシャはブレスレットを差し出す。ブレスレットは手首に嵌めるとそれだけで私の魔力に反応してきらきらと輝く。
「まずはこれ。使用者の周辺に魔術障壁を展開する。ただ、あくまで使用者の魔力に依存するからそこは気を付けて欲しい。まあ魔力強化の常時効果は付与しているけど」
純度100%のユキノダイトで作られているだけあって効果は至れり尽くせりだった。確かにこんな使い方をしていたらいくら掘り出しても増えないのも無理はない。
「次が髪飾り。これはシンプルに使用者の身体能力を向上させる。当然魔力強化のオプションもついてるけど」
効果を盛ったせいで髪飾りの割に何かでかい! 一応きれいなバラの形をしている。試しに頭につけてみるとやっぱり重い。まあ、兜とか被るよりはましか。
「最後が普通の防具。胸当て、肘当て、肩当て。アルナは多分重戦士型ではないから必要最小限の装備だけだから物理防御力は低いかも。でも全部魔力強化つけてるから。本当にこの素材すごいよね」
私は受け取った防具を身に着けていく。防具なのに魔力強化ついてるのはさらっと聞いたけどぶっ飛んでるな。
防具というといかついイメージがあるが、ユキノダイトは透明度が高く、身に着けていてもそれほど目立たない。まあ光を当てたら分かるけど。あと、面積が小さいので身に着けていても動きに影響がないのがありがたい。
「という訳で報酬はしっかりもらうから」
「……分かった」
この分だと輸出用のユキノダイトなど先の先になりそう。
そんなことを思っているところに一人の兵士が息を切らして飛び込んでくる。よほど急いできたのか、体中に葉っぱや蜘蛛の巣をくっつけている。
「何かあった?」
「領主様、ついにここエリルにも魔物が出没しました! ゴブリンが数匹ですが、群れが近くに来ているものと思われます!」
エリルはこの街の名前である。私の館があるので現代でいう県庁所在地的なものだろう。今までは魔物が暴れても辺境の方のことだと思っていたけど、どうもそれどころではなくなったらしい。私はもらった防具とアイテムを装備したまま、魔剣アストラルブレードを掴む。
「分かった、せっかくだし装備の性能を試してくる」
「ちょっと! まさか一人で行くって言うの!?」
アリーシャが心配そうな表情で見る。それは当然の疑問だけどそれを彼女が口にするというのに少し驚く。
「大丈夫でしょ、それとも自分で作った装備の力が信じられない?」
「そんなことはないけど……また倒れることもしれないし。はあ、私も行く」
何だかんだ私のことを心配してくれているのか。ちょっと意外。
「え“……アリーシャには仕事が山積みなんだけど」
「だ、だって領主様が死んだら仕事なくなるじゃない! まだ報酬も全額回収してないし!」
借金取りか何かか。いや、ここはツンデレ気質なのだと解釈しておこう。
「まあそこまで言うなら」
私は外に出ると厩から馬を引いてくる。アリーシャは当然のようについてくるが、そもそも彼女馬なんて持っていたっけ。疑問に思いつつ私が馬に跨るとアリーシャも流れるように私の後ろに跨る。
「え、格好いい感じでついてきてまさかの相乗りなの!?」
「し、しょうがないでしょ!? 私は宮廷錬金術師だったんだから馬なんて乗れる訳ないじゃない!」
アリーシャは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そんな無理してついてきてくれるなんて……ということにしておこう」
こうして私たちは館を出発したのだった。
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