Ⅳ 冥界の司祭ミア

冥界って言葉は厨二心をくすぐる

「アルナ様、エリルのサンタ―リア教会からシスターさんが来ていますが」

 オレイユの件が解決した翌日、リーナが首をかしげながら私に報告する。サンタ―リア教会は全国各地にあり、うちの領内にもさびれてはいるけど一応存在する。私が揉めているのはあくまで中央の教会(さらに言えばその中の保守派)のみである。そのため、エリルの教会とはほぼプラマイゼロの関係であった。


 エリルにある教会は一応毎週礼拝を行ったり、人々の悩みを聞いたりといった活動はしているようだけど、最低限の報告などを除けば今まで私に何かを言ってきたことはなかった。単に領主の機嫌を損ねたくないというのはあるのだろうけど、実際のところ現場の人々は神学論争などに興味はないのだろう。

 そんな田舎の神殿もついに中央の意向を受けて私を問責しようというのだろうか。オレイユの件があったばかりなので私は身構えてしまう。


「とりあえず会ってみるしかないか」

「ではご案内しますね」


 すぐにリーナがシスターを応接室に連れてくる。黒い修道服に身を包んでいたのは老婆であった。シスターっていうと何となく若い女の子のような気がするけど、年齢は関係ないよね。


「どうも、お初にお目にかかります。私シスター・ガラシアと言います」

 ガラシアは人のいい笑みを浮かべながら言った。どこにでもいる田舎の人のいいおばあちゃんといった風情である。

「領主のアルナ。よろしく」

 私はやや緊張しながら応じる。

「実は最近ちょっと困ったことがありまして、異教徒がエリル近郊でしばしば布教をしているのです」

「あの、ちょっと待って」

 ガラシアが話始めた内容は私が思っていた内容とは全く関係なかった。

「はい、何でしょう」


「もしかして今日来たのは賢者の石事件や神学論争とは関係ない?」

「え……何でしょうかそれ」

 ガラシアは首をかしげる。そうか、本当に知らないのか。改めてここは田舎なのだなと私は実感する。教会もこんな田舎のことなんてほっといてくれればいいのに。

「いや、こっちの話。別に関係ないなら全然いいや」

 私は慌てて誤魔化す。この人たちも知らない方が幸せだろうし。変に巻き込まれても困るだろう。


「はい、そうなんでしょうか? では話に戻りますが、彼らは異教というだけならいいんですが、言っていることには虚偽の内容が多くてどうしたものかと。よろしければ領主様にも取り締まって欲しいのです」

「それはどんな内容?」

「彼らの教義によると死者は冥界と呼ばれるところに移動するだけで、冥界の門を開けば死者とも交流することが出来るようになると」


 ちなみにサンタ―リア教では善人は天国に行って報われ、悪人は地獄に落ちて裁きを受けることになっている。当然死とは不可逆なものであり、死者と交流出来るなどと言われれば許す訳にはいかないだろう。それに、死後の報いや裁きによりこの世の行いを律するべきという教義も破綻する。

 そもそも死者と会えるというのは一般的に言って嘘なのだから、そんなことを言いふらすのは許されないという論もあるかもしれない。本来なら即断で追い出してもいいところなのだけど、私の中で少し待ったがかかった。


「ちなみにその人たちと何か話した? 例えば冥界の門が本当に開けるのかとか」

「それについて彼らは“研究中”としか言わないのですよ。本当に研究はしているようですが、開く訳ないでしょう」

 ガラシアの言うことはもっともである……と思ったけど本当にそうなのだろうか。ここは現代日本ではなく魔法が普通に存在する異世界だし、そもそも私に至っては転生者である。


「他には何か言っていた?」

「さあ……ただ最近、辺境の方にはアンデッドが出没してるらしいじゃないですか。それも彼らのせいじゃないですか?」

「それはどうなんだろう」

 うーん、どんどん領地が魑魅魍魎の巣窟になっていくな。この状況で中央教会の難癖に構っている余裕はないんだけど。

 それはさておき、現在私は教会の保守派に異端と言われている。そのため、私には大ざっぱに言って二つの選択肢が存在する。彼らと手を組むか、彼らを粛清して教会に媚びを売るか。彼らが粛清されるに足るような邪悪な集団であれば、粛清して教会への忠誠を示すのにやぶさかではない。ただ、今のところ私の記憶では邪教徒が起こした事件というものはない。


「分かった。とりあえず詮議する必要があるから今度見つけたら、直接私のところに来るように伝えておいて」

「はい……でも来ますかねえ」

 ガラシアは首をかしげる。確かに普通邪教とか異端とか言われてる人たちは公権力のところへは顔を出さないだろう。

「さあ。とりあえず私に説法するだけなら罰することはないからとも言っておいて」

「わ、分かりました」

 こうしてガラシアは帰っていった。とはいえ、敵対しているサンタ―リア教会の者の言うことなど聞く耳持たないかもしれない。

 私は『異教徒の者は布教する前に布教内容について確認したいから出頭せよ』と書いた立て札を街の主要な場所に立てさせることにした。

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