レスバしてくれるだけ邪教徒の方がましな気もする
「アルナ様、アルナ様に会いたいという方がいらっしゃってます」
立て札を立てさせた二日後、リーナが私のところに報告に現れた。何というか、「会いたいって言ってるけど本当に会うんですか」みたいなことが顔に書いてある。私に会いたい人なんてそんなにいないのでいわゆる邪教徒なんだろうけど、そんなに怪しい人物なのだろうか。
「とりあえず会ってみる」
大丈夫、オレイユですら話したら何とかなったんだ。それに私の中身は日本人だからこの世界の宗教に対する偏見はない。邪教徒だろうと普通に話すことが出来る。魔法に関する知識はあるから適当なことを言って丸め込まれない自信もある。
「では……」
そう言ってリーナが連れてきたのは黒いローブとフードに身を包んだ怪しげな男である。しかも顔には魔法術式を思わせる紋様の入れ墨があり、見るからに怪しい。首元にネックレスを下げているが、その先にドクロでもついているんじゃないかと心配になってしまった。
「お初にお目にかかります。冥府教の伝道師、イコラスと申します」
そう言って彼がフードをとると、三十ほどのやや肉付きが悪い優男が現れる。しゃべり慣れているのか妙に活舌が良かった。伝道師と名乗っているように、説法などを担当しているのだろう。
とりあえず私は応接室のソファに座らせる。リーナは紅茶だけ出して退出した。
「私が領主のアルナ。とりあえず、私をその辺の通行人だと思って布教してみてよ」
「なんと! 教会の石頭たちと違って領主様は話が分かる方だ!」
私の言葉にイコラスは喜びの声を上げる。てっきり「領主様相手に滅相もない」などと言われるかと思ったが、イコラスはすぐに怒涛の勢いでしゃべり始める。
「あれは今から六年前のことです。当時我らがいた領地にはどこからかやってきたオークの群れが巣を作っておりました。先代領主様は軍を率いてオークを討伐しましたが、激しい戦いの中でかなりの死人が出ました。軍が帰り、元々その地に住んでいた人々が戻ってくるとそこにはオークに蹂躙され、血に染まった変わり果てた地が残っていました。いくら先祖代々の地とはいえこれでは住むことも出来ません。多くの住人は涙を流してその地を離れたのですが、ミア様だけは違いました」
「ミア様?」
教祖的な人物だろうか。名前的に女性のようだ。
「はい、現在司祭として我らを導いてくださっている方です。当時十歳だったミア様は血で染まった大地に手を合わせながら天啓を得ました。そのとき、ミア様の前に冥界の門が開きました。そこから死者の声が聞こえてきたのです。そのためミア様は理解しました。この人々は冥府という異界へ旅立っただけで、遠くに行ってしまっただけではないと」
実際に魔法があって神もいる世界だからそう言われるとどこまでがインチキなのかよく分からないのが困りどころだ。これが日本だったら嘘だって断定出来るけど。
「本当に?」
「その場に居合わせたのはミア様お一人ですが、間違いないとおっしゃっています。その後ミア様は冥界の門を再び開くため研究を始めました。最初の開門はあくまで天啓によって得たもの。ですが適切な手順を踏めば門を再び開くことは出来る、ミア様はそう考えました」
「なるほど。でも適切な手順ってどうやって? 何かあてはあるの?」
「ありません。仕方がないので我らは古今東西の異界についての文献を集め、ひたすら読み解くところから研究を始めました」
そこでイコラスは言葉を切った。そこで説明はひとまず終わり、と言うかのように。
でも先行研究を押さえるところから始めるっていうのは正しいアプローチだな。だんだんただの邪教とは思えなくなってきた。
「結局、門は見つかったの?」
「研究段階の詳細については私から言うことは出来ません。もしサンタ―リア教会などに伝われば迫害を受ける可能性もあるので」
「信者になったら見せてもらえると」
「その通りです」
その辺は普通の宗教っぽいな。
神秘性っていうのは宗教に必要な要素だからある程度は仕方ないと思うけど、ちょっと厄介だな。とはいえ、仮に、これは本当に仮にだが、冥界の門が本当に開いたとしたらそれはそれで問題だ。
「ちなみに教団? は普段どんなことをしているの?」
「基本的に冥界と繋がるためにはこの世界との関りが少しでも薄い方がいいとのことなので、異界の植物を育てて食べております。」
よもつへぐいみたいな考え方だろうか。
「でも異界の産物なんてどうやって手に入るの? 門が開いた訳ではないでしょ?」
「ご存知ないですか? この世界にある物でも全てが元からこの世界にあったのではなく、異界を起源とするものがあることを」
「それは知らない」
一応この世界の研究によると魔術的に異界というものは存在するとされている。中には魔界から悪魔を召喚しようと試みた者もいたらしいが、当然研究が完成するまでに投獄された。そういう事情もあって異界の研究は存在するだろうというところから進んでいない。
ただ、サンタ―リア教会が信仰する神は実在している(たまに奇跡をもたらすため、魔術的にはほぼ存在が確定している)が、おそらくこの世界には存在していないため“神界”というところにいるものとされている。そのため“神界”が異世界だとすれば異世界は存在する。ていうか、そもそも私自身が異世界から転生してきたんだけどね。
でも、聖遺物も神界の存在である神が遺したものである以上、異界を起源とする植物があっても不思議ではない。こいつらが本当にそれを持っているかは不明だけど。ただ、そういうものがあるということはそれらを調べれば主張の真偽も分かるということではある。
「もちろん我らも研究中のことは多々あります。まだ六年の信仰であるのでサンタ―リアに比べると教えに粗があるとは思います。しかしなにとぞ布教の自由が欲しいのです」
イコラスはそれまでの流暢な口調から一転、懇願するように言った。
そう言われるとサンタ―リア教会よりまともな気がしてくるな。一応話している内容も魔術的にそこまで不自然ではないし。何より対話というプロセスをはさんでくれる時点で大分好感度が高い。奴らはいきなり刺客を送りこんできたからな。
私が考え込んでいると、イコラスが再び口を開く。
「しかし開明的な領主様で良かった。サンタ―リアの教えに囚われて根拠もなく我々を弾圧する方だったらどうしようかと」
「まあ、色々事情があってね」
転生者だし、教会と揉めてるし。
「理詰めで考えれば考えるほど、すぐに結論が出る問題でもないでしょう。よろしければ見学がてらミア様に会いに来られませんか? もしミア様がお認めになれば我々の研究の成果や冥界の植物などもご覧になれると思いますが」
「なるほど。それはちょっと考えてみる」
とりあえず一度イコラスを別室に通して私は考えてみることにしたが、すでに心の中は大体決まっていた。一度その人と会ってみよう。そしてそれまでに魔術的な異界の研究について調べて相手の言っていることの真偽を見破れるようになっておこうと思った。
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