インターネットが宗教の代わりになっているんだとすれば皮肉な話だけど

 三日後、この世界における異界の位置づけについて先行研究や主要な学説について研究した私は司祭のミアの元へ直接会いに行くことにいくことにした。

「危ないですよそんなの!」

 その話をしたところリーナは血相を変えて私を止めようとした。オレイユ事件の時も思ったけど、常に私の身を案じてくれるのは素直に嬉しい。

「大丈夫、オレイユを護衛に連れていくから」

「それは別の意味で危ないです!」


 信用ないな。ちなみにオレイユは現在、本を読んだりエリルの街を歩き回っては思索を深め、時々よく分からない質問を私に投げかけてくる。まだ彼女的には結論が出ていなさそうなので、いきなり私を殺すことはないのではないだろうか。

「大丈夫だって。オレイユが本気で私を殺そうと思ったら二人きりじゃなくてもあっさり殺せるから」

「あの……やっぱり毒を盛りましょうか? アリーシャ様に協力してもらえば完全にコーヒーの風味と同化した毒が」

 リーナは割と真剣なトーンで述べる。

「それは本当にやめて」


 目がまじになっているのがとても気になったが、大丈夫なはずだ。私はくれぐれも毒は盛らないように念を押して、オレイユの元に向かう。オレイユは今日は剣を振りながら哲学書を読んでいた。相変わらず彼女は世間の常識からは外れたところにいる。

 ただ、もっと色んな世界を見て欲しいと思っていたので、そう考えると今回連れていくのはちょうどいいのかもしれない。見る世界が特殊過ぎる気もするけど。


「今日は何?」

 部屋に入ると、オレイユは相変わらず淡々と私に話しかける。ちなみに、平然とオレイユを毒殺しようとするリーナにはもう少しだけ愛想よく話しかけているのを見たことがある。人間関係というのはよく分からない。

「ちょっと気晴らしに宗教の見学に行こうよ」

「宗教か……でもサンタ―リア教は私の悩みに答えはくれなかったけど」


 そうか。それを聞くと何とも言えない気持ちになる。一国一教みたいになると、その宗教で救いを得られない人は生きるのが大変だろうな。私は漠然とそんなことを思った。そもそも私は宗教から救いを得る人間じゃないから分からないけど。

「そう、でも今度のは違う教えだからもしかするかもしれない」

「分かった。どうせすることもないし行く」

「ありがとう。あと、ついででいいけどもし危ないことになったら私を守って欲しい」

「うん」


 普通なら「え、危ないところに行くの?」とか「それ絶対護衛の方がメインの役割だよね」とか突っ込むところなのだが、残念ながらオレイユは突っ込みを入れてくれなかった。単に興味がなかったのか、どうせ自分は最強だからどうでもいいと思っているのかで私の評価は変わる。


 オレイユは最初に来たときはボロボロの服だったのだが、今は袖のない上衣に短めのスカート、そしてマントという動きやすさを重視した服装になっている。本人曰く、肌にまとわりつくような衣服はうっとおしいらしい。


 私はオレイユを連れてエリルの隅の方で説法をしているイコラスに会いにいった。イコラスの周りには三人の聴衆がいて、熱心に話に聞き入っている。内容が内容だから大衆受けはしないんだろうけど、一部の人には刺さるのだろう。多数派になることはないにしろ、放っておけば一定数の人は信者になるような気がした。私が近づいていくとイコラスは「今日はここまで」と言って解散させた。


 今のところ冥府教の扱いは保留になっているのでサンタ―リア教会と無用の対立を生まないよう、遠慮して隅の方で布教しているらしい。その態度からは逆に「領主とミアが会いさえすれば絶対に認められる」という余裕が感じられなくもない。


「司祭のミア様とやらに会いに来た」

「そうしてくださると信じておりました」

 イコラスはにこやかな笑みを浮かべて私たちを迎える。ちゃんと議論に乗ってくれるというところから私に手ごたえを感じていたのだろう。

「こっちにも色々あってね。あと、この子は絶賛人生に迷っているからもし何かの道標になればと思って連れてきた」

「それはいいのですが、もしかしたら我々は人生の道標にはならないかもしれません」

 確かに親しい人との死別とかで悩んでいない限りはあんまり関係ないかもしれない。

「そうなの?」

 オレイユが若干不満そうにこちらを見てくる。

「自我っていうのは色んな世界を知ることで形成される側面もあるから」

「ふーん」

 すぐにオレイユは興味なさげな表情に戻る。こいつめ。


「では行きましょう」

 そう言ってイコラスは馬に跨る。本拠地が少し離れているので私たちは馬で移動することとなった。ちなみにイコラスは普段、こちらのボロ家に滞在しているという。

「ところでオレイユは何でサンタ―リア教じゃだめだったの?」

 街を出て人目がなくなると私はオレイユに尋ねる。

「天国に行くと人は救われるっていうけど、聞いた話だと天国で得られるのは安らぎや満腹感といったものだけ。別に生きる意味が与えられる訳ではないから。苦痛は嫌だから地獄には行きたくないけど」

 オレイユは淡々と答えた。とはいえ、天国で生きる意味が与えられるのもそれはそれで嫌である。

「なるほど。言われてみればそうだね」


「こう言ってはなんですが、オレイユさんの悩みは高度なんですよね。失礼を承知で言うと、サンタ―リア教は日々の暮らしも満足に出来ずに苦しんでいる人に来世での救いを提示し、我らは親しい人との死別や死が間近に迫って悩んでいる人への救いを提示している。でもオレイユさんは別に生きるだけなら生きられるし、不幸な境遇に身を置いている訳でもない。そういう人は少数だから、救済する宗教がないのかと」

 イコラスは宗教者っぽいことを述べた。


 なるほど、それはおもしろい考え方だな、と当事者でない私は感心する。確かに今貧困などで苦しんでいるというのであれば善行を積んで天国に行けるという考え方は一つの救いになりえる。

 現代日本でこそオレイユと似たような悩みを抱えている人はいっぱいいるけど、そもそも生きるのが大変なこの世界であまりそういう悩みをする人はいないのだろう。

 あれ、じゃあ現代日本ではそういう悩みを抱えた人はどうやってるんだっけ。日本にはほぼ宗教はないし、インターネットとかで救いを得ているのだろうか。インターネットが宗教の代わりになっているんだとすれば皮肉な話だけど。


「そうか、それは残念だな」

 オレイユは呟いた。その後私は何を話していいか分からずに無言になり、イコラスがオレイユに一方的に布教するという状態が続いた。オレイユはそれをいつもの無表情で淡々と聞くだけだった。人が死んだらどうなるかなど彼女にとってはどうでもいいのだろう。

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