雨降って地固まる
「私、どうしたらいいかな」
困惑したオレイユはこちらを見つめる。
「オレイユはどうしたい?」
「分からない……でももう教会には帰れないからしばらくここにいてもいいかな」
「いいよ。どうせこの館も部屋余ってるし」
せいぜいゆっくり考えたらいいと思う。まだ若いから、今後の人生も長いだろうし。今までどんなことをしてきたのかは知らないけど、オレイユは私を殺したり力づくでアリーシャを連れていったりすることをためらう気持ちは残っていた。だからまだやり直せないところまでは来てないんじゃないかと思う。
その後私は戦闘音を聞きつけてやってきたリーナや館の人たちに「事故」「魔法が暴発した」「オレイユに稽古をつけてもらった」などと苦しい言い訳を繰り返した。
「この前の今日で稽古するほど仲良くなる訳ないじゃないですか! ちゃんと説明してください!」
「分かった、ちゃんと話すから」
それでもリーナは信じてくれなかったが、すぐにアリーシャも駆けつけたのでまとめて事情を話すことにした。
アリーシャは今日はもう寝るところだったのか、部屋着に外套だけは羽織って駆けつけてくれたようで、非常に申し訳ない気持ちになる。アリーシャはやってくるなりあちこちに穴が空いたり亀裂が入ったりしている館の中を見回す。
「それで一体何の騒ぎだった訳?」
「実は……」
私はオレイユをどうにかこうにか説得した顛末をかいつまんで話す。一応オレイユが悪者にならないように多少話は脚色したけど、おおむねありのままに伝えたつもりだ。最初は呆気にとられていた二人も話が進むにつれて呆れ顔になっていく。オレイユが剣を抜いたところでは顔面蒼白になっていたが、何とか落ち着いたと分かって胸をなでおろしていた。
「……という訳でオレイユとは仲直りしてあげて欲しい」
が、話を終えた私にアリーシャは一言。
「いや、それはアルナが悪いでしょ」
「そうはならなくない?」
普通はここで私の行いをほめたたえるか、オレイユと感動の仲直りをするところではないか。何でこのタイミングで私が責められるのか。予想外の反応だったので助けを求めるように隣のリーナに目をやる。
だが、リーナまでもうんうんと頷いている。
「猫を育てさせたところまではいいよ。でも最後喧嘩売る必要あった? 絶対なかったよね。普通に感情に訴えかければ良かったのに。全く本当にあんたはいつも……」
「そうですよ。そんなことされたら普通は大激怒です」
アリーシャはぶつぶつと小言を言い始め、リーナも追随してくる。あれ、何か旗色が悪いな。
「そう。もしそれで私があなたを斬っていたらどうするの?」
オレイユまでそっちに回るのか。
「でも、普通に言うだけだと私がどれだけアリーシャのことを大事にしてるかっていうのが伝わらないかなと思って。そのためには怒りっていうのが最も適切な表現なのかなって」
「え……」
急に黙り込むアリーシャ。しかもその表情は赤くなっている。そして先ほどまでのテンションとは違い、おずおずと口を開く。
「アルナ、私のためにそこまで怒ってくれたの?」
「……うん」
そんな聞き方されたら私まで恥ずかしくなるんだけど。
オレイユの感情を激発させるためにわざと強めの感情をぶつけたという意図もなくはなかったけど、あのとき確かに私は私がアリーシャを失いたくないという気持ちを分かってくれないオレイユへの怒りを抱えていたとは思う。いや、もしかしたらオレイユにそれを伝えられない自分への苛立ちというのもあったのかもしれない。
「それは……ありがと」
そう言ってアリーシャは顔を背ける。やめて、そういう反応されると私まで恥ずかしくなるから。
何か急にしんみりした雰囲気になってしまった。私が責められるのは嫌だけど、これはこれでどうしたらいいか分からない。
「ところで今の錬金術師はどういう気持ちなの?」
一人全く空気を読めないバカが口を開く。リーナは慌ててオレイユの口を塞ぐとこっそり耳打ちする。この二人はだいぶ仲良くなったようで良かったな。
「オレイユさん、今アルナ様がアリーシャさんのために危険なことをしたと知って、照れてるんですよ。ああ見えてアリーシャさんがアルナ様に怒っているのは好意の裏返しなので」
「確かにさっきも自分と彼女のためって言ってたし、よほど大切な人なんだ」
「ちょっと、聞こえてるんだけど。こんな奴全然大切じゃないから! ただ危なっかしくて見てられないってだけだから!」
そうは言うもののアリーシャの言葉には力がない。というか、これ私も流れ弾喰らってるんだけど。さっきからのこういう展開本当にやめて欲しい。
「でもそれだけじゃないですよ。ここ一週間アルナ様はずっとオレイユさんのこと気にしてたんです。一時間おきにあなたのことを聞かれて正直うっとうしかったです」
「それはつまり……二股ってこと?」
馬鹿。これだけリーナに懇切丁寧に説明させた上に全然分かってない!
「違うわ! いや、多分理解は合ってるんだけど言葉のチョイスがおかしいって!」
「でもアルナは私のこともアリーシャのことも大事ってことなんだよね?」
「そうだけどそれを二股とは言わないから……あと、やっと私のことを名前で呼んでくれたね」
ここまでオレイユは私のことは“領主さん”、アリーシャのことは“錬金術師”と呼んでいた。ついでに審問官のことも“審問官”としか呼んでいなかった。
意図があるのかは分からないけど、それが相手のことなんて個人としては認識してない、ていう意思表示の表れのような気がして私は密かに気になっていた。
「確かに……何でだろ」
「これを機にリーナとかアリーシャのことも名前で呼んでみようよ」
「そうだね……リーナ」
「は、はい」
なぜか名前を呼ばれて緊張しているリーナ。
「アリーシャ」
「な、何よ」
アリーシャの方はまだ調子が狂ったままのようだった。
「最初は連れていこうとしていて、ごめん。私ここにいてもいい?」
「そ、そんなこと私に聞かれても……好きにしたら?」
そう言ってアリーシャはそっぽを向いた。絵に描いたようなツンデレである。
「ありがとう」
こうしてオレイユの存在は何となく受け入れられた。ただ、冷静に考えるととりあえずの危機が解決しただけで、教会との問題は何一つ解決していなかったのだが。
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