河原で殴り合って仲良くなる展開、いまいち理解出来ない

「私、あなたを殺しても別に任務には支障ないから」

 オレイユは私に剣を向けたまま言い放つ。

「自分は他人の大切な人を奪っていこうとする癖に、猫を殺されそうになったらそんなに怒る訳?」

 正直恐怖で身がすくみそうだったが、懸命に私はオレイユを挑発する。出来るだけオレイユの心の柔らかい部分を鋭利な刃物で突き刺すように狙いを定めて。

 効果はあったのだろう、私の言葉にオレイユの表情はさらに険しくなっていく。

「うるさい!」


 キィン!


 次の瞬間、私は衝撃を受けて吹き飛ばされていた。くそ、全く見えない。


 ドサッ


 背中から廊下の壁にぶつかるが、防御魔法のおかげでその痛みはほぼない。前を見ると、いつの間にかオレイユは剣を振っていたようだ。大方、斬撃を魔法障壁で防いだ結果、衝撃に変化したのだろう。しかし速すぎて攻撃すら見えないっていうのは厄介だな。

 私はよろよろと立ち上がる。


「その程度の力で私に歯向かおうって言うの?」


 オレイユが感情を見つけていなかったとき、圧倒的な力というのはただそこにあるものに過ぎなかった。しかし感情を見つけてしまった今、力というのは感情を達成する手段になっていた。それまで力に対して何も思わなかったオレイユも、今は自分が圧倒的に強くて、それゆえに自分の望みをかなえられる、ということを実感したに違いない。だからこそ傲然と私を見下ろしていた。


「何かをしようとするのに力の大小は関係ないでしょ。オレイユはもし赤子ほどの力しかなかったら、今猫を助けなかった?」

「……そんなことはない」

「そういうことだって。『バインド』『リーンフォース』」


 突然オレイユの足元からつたのようなものが生えてきてオレイユの身体を絡めとろうとする。が、オレイユは私の方を見たまま苦も無くつたを切り払う。防御魔法を四種類もかけたままだからちょっとした魔法を使うだけでもきついな。


「私が勝つんだから、いい加減素直に引き下がってっ!」


 オレイユの表情が怒りから焦りや懇願といった種類にシフトする。もしかしたら自分が感じている理不尽さを私が感じているというところに思いをはせてくれたのかもしれない。

 が、彼女の感情を考察している場合ではなかった。オレイユが私の目の前に現れたかと思うと、剣で受ける間もなく私の身体に一撃が叩き込まれる。


「ぐはっ」


 斬撃自体は事前にかけておいた防御魔法で防いだものの、私はものすごい強い力で押し付けられるように、背中から館の廊下にめり込んでいく。

 メキッ、と嫌な音がして老朽化している館の壁がきしむ。当然オレイユはここぞとばかりに畳みかけようとしてくる。


『ショック』


 魔法の塊がオレイユに飛んでいくが、オレイユはそれを剣で軽く薙ぐ。その隙に私はその場を転がるようにして離れた。


『ヒール』


 私の身体に活力が戻ってくる。これぞ防御魔法と回復魔法を合わせた時間稼ぎ戦術である。そんな私にオレイユは悲痛な声で叫ぶ。


「そんなことしても結果は変わらない……もう諦めて!」


 三度オレイユが目にも留まらぬ速さで切り込んでくる。が、すでに二度ほど攻撃を受けていたためか、私にはオレイユの斬撃が多少ではあるが見えるようになっていた。


『バリア』


 オレイユの剣の前に防御魔法を展開すると、私のバリアを打ち破ったオレイユの剣を私の剣が受け止める。ズシリ、と手が痺れそうな衝撃が剣から伝わって来たけど何とかこらえる。


「うそ、何で……」

 魔法を何重にもかけていたとはいえ、私が一撃を受け止めたことにオレイユは驚いたようだった。


「だから退けないって言ってるでしょ?」


 つばぜり合いで押し返そうとするが、膂力の差は圧倒的でさすがにそれは厳しい。むしろ私が押されて身体が床ごと沈んでいくような感覚を覚える。こんな華奢な身体のどこにそんな力があると言うのだろうか。


「私は、何もない。私の中にあるのは自分で決めたルールだけ。それを破ったら、私は完全に無になってしまう」

「無じゃないって。本当に無だったら猫を殺されそうになったとしてもこんなに怒らないよ。『エンパワード』!」

「……っ!」


 私は膂力を強化する呪文をかける。沈んでいた私の身体は浮き上がり、逆にオレイユは弾き返されるようにしてよろよろと壁際に倒れ込む。


「本当に無だったら自分のルールを破ることに何の痛痒も覚えないし、猫を殺されそうになって誰かを殺そうともしない」


 私は初めてオレイユに剣を振り降ろす側に回る。オレイユは剣を構えたが、私の剣が当たるとぽとりと剣を落とした。


「じゃあ私はこれからどうやって生きていけばいいの……」


 私が初めて聞く声でオレイユはつぶやく。

 オレイユの声には脅えと心細さ、不安がないまぜになっていた。


「大丈夫だって。それをちゃんと理解してる人なんてそうそういないから。みんな悩みながら生きているだけ」


 大体、そんなこと言い出したら私はどうするって言うんだ。ずっとこの世界で生きていくのか、日本に戻るのか。そもそも戻る方法はあるのか。その辺もよく分かってないけどとりあえず目の前で起こることに対処しながら生きてるだけだ。

 ただ、オレイユが出会ったのは審問官で、私はアルトレード領の領主になりアリーシャやリーナ初め、いい人たちと会えた。その差だと思う。


「でも領主さんは私を助けようとした。それは人生について確固たる何かがあるからじゃないの?」

 オレイユは震える目で私に尋ねる。

「うん。でもそれってオレイユだって見つけてないだけできっと持ってると思う。だから一緒に探そうよ」

 そう言って私は手を差し伸べた。


 確かにアリーシャを差し出してはい終わりってするのは嫌だった。でも、人生の意義を探してさまよっているオレイユの姿が私にはどこか他人事には見えなかったのだろう。私もそんなものは考えずに生きてきたのだから。

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