ファンタジー異世界に行っても大体物理法則が通用するのっておかしくない?
私とオレイユはミアの後ろについて教会の中を歩く。ミアは書斎のような部屋に入った。この世界の異世界に関する研究を手当たり次第集めたというだけあって、小さな部屋だが中は研究所で満ちている。ミアは一番奥まで歩いていき、そこの書棚を動かした。書棚がゆっくりとすべるように動き、石づくりの床が見える。そしてミアがその下の床のタイルを一枚指で押すと、タイルは持ち上がる。
「実は冥界の門については私も他の方にはまだ明かしていません。うかつに話して人々が自由に出入りするようになるのは危険だからです」
「それはそうだね」
タイルをどかすと、床には一メートル四方ぐらいの正方形の入り口があり、そこから下に空間が伸びていてはしごが立てかけてある。
中は暗かったが、ミアが手をかざすと続く壁がぼうっと淡く光る。
「最後の方はタイルだけ戻しておいてください」
ミアが先頭を降りていき、それに私が続き、最後にオレイユがタイルを戻した。タイルを戻すと中は暗がりに魔法の灯りだけになる。
そんな暗い空間を降りていくと、下には石で出来た地下室のような空間があった。いや、地下室というよりは洞窟といった方が近いだろうか。部屋一つ分くらいのその空間の中央にそれはあった。
部屋の中央にあるのは一つの茶色いドアである。大きさは普通の人間が使う部屋のドアぐらいで、木製には見えないが金属なのかも分からない。ドアの後ろには何もなく、意味もなく屹立しているように見える。
だが、ドアの周辺には靄のようなものが立ち込めている。その靄はドアの向こう側から発されているように思えた。
「これが冥界の門?」
「はい。この門をくぐったのは今のところ私だけです」
ミアが厳かに告げた。門を観察してもどういうものなのかはよく分からない。
「異世界と繋がったとされる過去の現象ではもっと穴みたいなものが出来るって聞いたけど」
「このドアは私が魔法で造りました。異界と常時接続するのはこの世界にどのような影響が分かりませんので」
それもそうか。
「ちなみに入るのに何か準備とか注意とかある?」
「特には。もっとも、あまり安全な場所ではないので普通に危険な場所に行くつもりなら大丈夫かと。では開けてよろしいでしょうか?」
私は傍らのオレイユを見るが、例によってあまり関心はなさそうだった。私はさすがに少し緊張しているけど、よく考えたら異世界に来るのは二回目だからそこまででもないか。
「では行きます」
ミアはドアノブに手をかけるとドアを引く。
ドアの中に広がっていたのは見たことのない世界であった。闇に包まれたその世界には、光を発する球体がぷかぷかと浮かんでおり、その周囲だけ少し明るい。地面や壁のようなものは見えず、光が浮かぶ闇が無限に続いているように見える。あえて近いものを挙げるとすれば夜の川の上を飛ぶ蛍だろうか。
ミアはそんな闇の空間に一歩を踏み出した。特に足場などはないが、落ちていくようには見えない。冷静に考えると冥界に重力があるとは限らないか。しかも向こうの世界に入ったミアの体は浮遊する球体と同じようにきらきらと輝いている。
よく分からないがこれが魂のきらめきというやつだろうか。そう思いつつ私は恐る恐る一歩を踏み出す。
すると。まるで見えない床の上を歩いているかのように私はその闇の中を移動していた。感覚的に特に何かが変わったということはないが、強いて言えば暑い・寒いという感覚がない。そして自分の体も球体やミアと同じように光り輝いている。
床がないのになぜ歩いているのだろうと思って足を止めるとなぜか私の体も動きを止める。ミアは少し先を歩いているが追いつきたいな、と思うと私の体は徒歩ぐらいの速度でそちらへ向かっていく。
ふと振り返ってみると、ドアの向こうではオレイユが立ったままだった。私が動きを止めようと念じると、私の移動も止まる。
「オレイユも来なよ」
「大丈夫そう?」
「うん」
私の言葉にオレイユは意を決して一歩を踏み出す。
「!?」
オレイユが足を踏み出した瞬間、すごい勢いで急降下していった。
「ちょっと待って! 大丈夫だから!」
私は叫ぶなりオレイユを追って急降下していく。オレイユは特に悲鳴を上げることなく落下していくが、そのスピードはおそらく重力加速度に沿ったスピードである。
私はそれより速く移動したいとかんがえる念じる。
すると私の周囲をすごい勢いで光の球が移動していくのが見えた。速い! オレイユの落下速度がもっと速くなる前に追いつかないとやばい、と思ったところで私はオレイユに追いつき、その手を掴んだ。オレイユの手からはこの世界に来て初めての温もりを感じた。
私が掴むとオレイユの落下はぴたりと止まる。それを見て私はオレイユの落下の原因を悟った。私がオレイユの手を掴んだからというよりは、それによりオレイユが安堵したから落下は止まったのだろう。
オレイユの顔を見ると、私が見る限り初めて恐怖の色に染まっていた。彼女にもそういう感情があったのかと、私は少し嬉しくなる。
「死ぬかと思った。どうしてアルナは飛べるの?」
オレイユの声は少し震えている。
「この世界は心の動きが体の動きに連動してる。オレイユは何もない空間に入ったら落ちるしかないっていう恐怖にとりつかれてたんじゃない?」
そのイメージに引っ張られてオレイユの体は落下していったのだろう。
「それは……当然だから」
何となく重力がない世界もあるっていう先入観があったから私は助かったのか。
「もう大丈夫だから」
私が手を離すと、もうオレイユの体は自由落下しなかった。それでも再びオレイユは私の手を掴んできた。
「大丈夫だけど、もう少しだけ握っていてもいい?」
「うん」
オレイユの“強さ”というのはあくまで今までいた世界観に根差したものだったのだろう。つまり元の世界を離れさえすればその強さは失われる。そう思うとオレイユも普通の人なんだな、とちょっと微笑ましかった。
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