冥界に行ったことないからここが冥界かどうか分からない
さて、この世界の法則的なものは分かったけど、問題はここが本当に冥界なのかどうかである。この周りに浮いている光の球は本当に人の魂なのだろうか。そして魂だったとして、これを元の世界に持ち帰ることは出来るのだろうか。私はその辺の光の球の一つを指さす。
「これ持ち帰っていいの?」
「やめましょう」
一応ミアに尋ねると、即座に却下された。当然か。
「どうですか? これでよろしいでしょうか?」
ミアがこちらに向き直って尋ねる。
「うーん。とりあえずここが異世界なのは分かるけど、どういう異世界なのかが全く分からないからな。もっと他の場所ないの?」
とりあえずこの世界が冥界かどうかだけでも知っておきたかった。そしてもしこれらが本当に人の魂だと言うのならば対処を考えなければならない。
「あるにはありますが、危ないのでおすすめしません。あなたがこの世界の藻屑と消えてしまうと、邪教と言われても本当に言い逃れが出来なくなりますので」
それはそうだ。事情を知らない人はミアが私を暗殺したとしか思わないだろう。とはいえこの世界を見て「きれいだね」で帰る訳にはいかない。これはどちらかというと領主として、というよりは知的好奇心として、という感じだろうか。
「もっとこの世界が何なのか分かる場所に行けないかな」
私がつぶやいたときだった。一瞬目の前が真っ暗になったかと思うと私はオレイユの手を握ったままどこか別の場所に転移した。転移する間際、ミアの舌打ちが聞こえた気がした。
目の前には浮遊する城のようなものがあった。城と言っても私が見たことのある城ではない。全てが弧で形作られていると言うべきだろうか。円形の城壁があるが、その中に建っている建物は全て新幹線の先端のような滑らかな曲線で形勢されていた。そんな滑らかな塔が何本も建っており、その中心にドームのようなものがあった。さらにその上に楕円形の建造物が乗っかっている。これをどう表現したらいいのかは分からない。ただ、私たちの世界にもフラクシアにもない造形である、としか言いようがない。
しかし建造物があるということは中に何かいるのだろう。コミュニケーションがとれる存在なのかは不明だが、こういう世界である以上思念でコミュニケーションがとれるのではないだろうか。
私の気配を察したからなのか、私が中の存在に会いたいと思ったからなのか、突然城門が開いた。
中から出てきたのはどろどろとした不定形のスライムのような生き物だった。いや、生き物なのかどうかは分からないが、私たちのようにきらきらと光っているので魂か思考のようなものは持っているのだろう。色は褐色だが、光る球と似たような光を発している。大きさ、というよりは体積は人間2~3人分ぐらいだろうか。顔のようなものはないが、こぶしぐらいの赤いぶつぶつが中に見える。器官的なものなのだろうか。
どろどろと常にうごめきながらこちらをうかがっている。まるでコップの中に勢いよく液体が注ぎ込まれた時のような動き方を、きわめてスローモーションで行っている。
(どうも、私は異世界から来たのですがあなたはこの世界の住人の方でしょうか)
私は思念を送ってみる。すると私から小さな光がどろどろの方に飛んでいく。この光は思念の光なのだろうか。すぐに向こうからも光が戻ってくる。
(そうだ。ところでなぜあなたは形を持っているのか)
なぜって聞かれると困るな。常識を共有していない相手に何事かを説明するのは難しい。
というか直感的に私はこの「なぜ」が「どういう意志で」という質問だと分かったが、別に意識的に私は形を持っている訳ではない、というのをどういう風に説明すればいいのだろう。
幸いこの意思疎通システムは私が伝えよう、と思ったときにだけ意志が伝わるらしく、私の思考がだだ漏れになることはなかった。
(私はこういう存在として誕生した)
(誕生というのはどういう概念なのか。存在とは違うのか)
もしかしてこいつらは永遠の存在で、誕生という概念がないのだろうか。
(私たちの世界では万物は全て生まれ、いつかは消滅する。私はこの姿で誕生した)
本当は赤子の姿で生まれたんだけど話がややこしくなるのでそれは伝えないように意識する。
(あなた方の世界は興味深い。でもあなたも光っている。あなたは存在している)
存在という言葉は思念がある、ということと通じているのだろうか。話しているだけで頭が痛くなってきそうだ。
(はい、私は存在している。あなたはこの世界で何をしているのか?)
(私はこの世界で存在している)
そう言ってどろどろは形を変えてうごめいた。彼(?)の思念が私の中に流れ込んできて私は思わず頭を抱える。圧倒的な情報量なのだが、言語化されておらず、例えていうなら箱の中に何も入ってないが、すごい気圧の空気が入っているような感覚である。
よく分からないが、この世界には誕生と消滅の概念がない。ということはおそらく時間や変化という概念がないのではないか。おそらくこいつにとって、今目の前でどろどろと形を変えているのは変化のうちに入らず、私と対話(?)しているのも行動のうちに入らないのだろう。
つまり、こいつには存在しているという状態しかないのではないか。頭が痛い。
そこで私はふと思いつく。この思考、あいつに伝わりませんようにと思いながら考える。こいつらに変化という概念がないのならば私がこの光の球を破壊したり、こいつに危害を加えたりしたらどうなるのだろうか。
「領主様、そろそろ戻りましょうか」
そんな邪なことを考えているといつの間にかミアが後ろに立っていた。いや、立ってはないんだけれども。こういう世界だし、私を追ってくること自体は可能なのだろう。
「私の思考読めるの?」
「読もうと思ったら流れてきました」
この世界だしそういうこともあるのだろう。ミアはとてもまじめな表情で言う。
「勝手にこの世界に新しい概念を持ち込むのはやめてください。あなたは領主、私は司祭とそれぞれ立場があります。魔導に堕ちて身を滅ぼしてはいけません」
確かに、つい熱中して忘れてしまったが、ここは常識が通用しない世界である。うかつなことをすれば、いや、考えるだけで身を滅ぼしかねない。
「それはそうだね」
アリーシャだったら絶対色々実験するのだろうな、と思いつつ私は頷いた。名残惜しいような気もしたが、おそらくこの世界にまた来ることは出来る気がする。私は何となくどろどろ(こいつ)に手を振って帰還を念じた。
次の瞬間、私の体はドアの前に着地していた。よく分からない世界だったけど、一つだけ分かったことはある。
「これ、絶対冥界じゃないよね」
「そういう考え方もありますね」
ミアは分かりやすく目を伏せた。
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