パンドラの箱は開けない主義
「言い訳を聞こうか」
明らかにこの世界は冥界ではない。謎の異世界である。ついでに冥界芋なんてものが生えてそうな気配もない。私の言葉にミアはぱちぱちと手を叩いた。
「初見でそれを見破るとはなかなかやりますね」
なかなか図太いな。
「開き直るな。それであの世界は何?」
「分かりません。異界の門を開こうとしたら現れた謎の異世界です。冥界っぽいので時々門の中には絶対に入らないことを条件に信者に少しお見せしています」
「それは詐欺じゃないの?」
私は素朴な疑問を発した。が、ミアはまじめな表情で首を横に振る。
「そうではないですよ。私はいつかは本当に冥界の門を開く予定ですし、今現在冥界の人をこちらに連れ出すことは不可能とも話しています。こういう異世界へと接続するから冥界の門も開けるという学術的な説明を少し端折っているだけです」
「まあ、それはいいけど」
正直なところ私にとってミアが詐欺師かどうかは割とどうでも良かった。むしろ本当に冥界の門を開いていたらどうしようかとすら思っていたぐらいだ。
元々表情の変化に乏しいミアだったが、急に真剣な雰囲気になる。
「それに、親しい人を失って絶望している人に希望を与えているのは事実です。確かに多少真実を捻じ曲げてはいますが、それで人々に希望を与えられているのだとしたらそれをするのは間違いではないのでは? そして領主様ももし領地で不都合なことが起こったとき、それを包み隠さず人々に話すでしょうか」
「……」
そう言われると難しい。例えば領地に魔物が湧いて、倒せるか倒せないか分からない手段があったとする。そのとき、ひとまず領民を安心させるために「倒せる」と宣言することはあるかもしれなかった。
「それはいいや。あなたたちの布教を許すかだけど、もしあなたたちを受け入れればサンタ―リア教会とは敵対する。そのときあなたたちは私の力になってくれる?」
まるでこいつらを許容したから教会と対立するかのような物言いになるが、多少の真実を捻じ曲げるのは大丈夫らしいので仕方ない。
こいつらと手を組んでもいいと思った理由はいくつかある。
一つ目は話が通じる相手だということ。宗教的権威という私にはよく分からない概念で圧力をかけてくる教会よりは、超然としている風を装っていても理詰めで物事を考えるミアの方が意思疎通しやすい。
二つ目は純粋に彼女の技術力を評価したからである。例え冥界でなかったとしても、異世界との門を開くほどの魔法力があれば私の役に立ってくれるだろう。
三つ目は立場の問題である。もし私が冥界教を受け入れれば、おそらくかなりの恩義を私に感じてくれるだろう。
最後に、多少の詭弁は弄しているものの彼女らは迫害されるほど悪い存在ではない。だから教会の影響力が強い他の領地では生きられなくても、私の領地では普通に生きて欲しい、という気持ちがあった。
「はい。これでも私は魔術には自信がありますし、私たちが開発したこの石を持った信者たちも人並みの魔術師以上の腕はあるかと」
ミアは淡々と述べた。それがかえって自信の表れのように感じられる。もっとも、ここまで散々彼女らの魔法の腕は見てきたけれど。
「その石、一つでいいから今もらっていくことは出来ない?」
私の言葉にミアは分かりやすく嫌な顔をする。表情の変化に乏しいだけで、普通に感情自体はあるようだ。思うに、短い人生で色々ありすぎて感情のハードルが上がっているのではないか。
「貴重なものだと思うけど……じゃあユキノダイトと交換でもいいけど」
「いや、それは……」
ここまで何を言われてもすらすら答えてきたミアだったが、この話題になると珍しく歯切れが悪い。
「おそらくこの石を渡すとお互い嫌な気持ちになって終わると思うんです。私たちは万一教会から討伐軍が派遣されても協力します。代わりに私たちは布教をしますし、他の技術である、例えば冥界芋なんかは広げてもらってもいいです」
確かにあの芋があれば食糧事情はある程度改善するだろう。
「全然冥界の芋じゃなかったけど」
「あの品種を開発した私がそう名付けたからいいんです」
あそこまで大きい芋を開発したんならそれはそれですごいけど。冥界の芋じゃない以上純粋な品種改良とかで生み出したのだろう。
「でも、そんなに嫌なら何で私にあの石を見せたの? 最初から見せなければ良かったと思うけど」
「それは最初は領主様がここまで魔法に詳しいと思ってなかったからです。でもやっぱり渡すと解析されそうなのでやめておくことにしました」
ミアは少し気まずそうに言う。おそらくこの石は何か問題のある品なのだろう。教会から盗んだとか、良くない方法で作られたとか。
「絶対だめ? 知ったとしてもおそらく布教は許すと思うけど」
「知ったうえで布教を許し私たちを弾圧しないと確約をいただけるのであれば構いませんが」
ミアがきっぱりとした口調で言う。しかしどんなものか分からない以上そうとは言えない。極端な話、アルトレード家の財宝を盗んで勝手に使ってる可能性とかも否定出来ない。
「……やめておこうか」
「はい」
とりあえず教会の問題が解決して冥府教と対立しても問題なくなってから真相は究明しよう。
「じゃあ城下には知らせておくから、いつでも自由に来ていいよ」
「ありがとうございます。私たちも精いっぱいお手伝いします」
刺客が失敗した以上、おそらく今後教会はかなりの確率で討伐軍を送ってくる。今のところこの領地にはまともな軍隊が存在しない。そうなったときに頼りになるのは今のところ騎馬民族だけ。でも、魔術に長けたこの集団が加わればある程度戦えるだろう。
問題は教会に異端を宣告されて討伐軍を出された後に政治的に領主の地位を維持できるかだけど、それは分からない。ただ、私の知識では王国自体はそこまで宗教に固執していない。単に都合がいいからサンタ―リア教会を保護しているだけである。だから教会からの軍さえ追い返せば許されるのではないか、という読みがあった。
「もし良ければあの石持ってくるけど」
ずっと無言だったオレイユは、神殿を出るなり物騒なことを述べた。確かにオレイユなら神殿から石を盗んでくるぐらい造作もないのかもしれない。
「いや、いいよ。それよりオレイユはあれ、どう思う? 何か思ったこととかある?」
我ながらすごい雑な質問だと思ったけど私も何て聞いたらいいか分からない。が、オレイユはそんな雑な質問にもいつも通り淡々と答えた。
「うーん、何のために生きてるか分からなくて悩んでいたけど、あれを見て私は生きているんだなって思った」
確かにあの世界の生き物(?)は私たちの認識で言うと生きていないような気もする。あれを見たら確かに自分たちは生きていて、目的などなくてもそれ自体に価値があることだと思うかもしれない。
「それなら良かった」
「うん」
オレイユがそう思ってくれたのなら、私としてもそれはそれで嬉しかった。
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