感動させたかったらとりあえず動物を出しとけという風潮

「じゃあ、おいしいという基礎的な感情をマスターしたところで次のステップに進みます」

「え、まだあるの……」

 オレイユは面倒くさそうに言う。ちょっとずつ人間臭くなってきて非常にいいと思う。


「ぶっちゃけ、多少後ろめたさは出てきたとはいえ、今のままならまだアリーシャを教会に連れて行く意志は揺らいでないでしょ?」

 私はリーナがお皿を持って厨房に去ったのを確認してから小声で言う。


「もちろん」

 今の頷き方は最初の方のオレイユとあまり変わっていない。やはり付け焼刃の感情ではオレイユの「任務は全うする」という”ルール”に勝つまでは至らないのだろう。仕方がないので私は次のステップに進むことにする。

 このステップに進むまでにもうちょっと信頼を重ねてからの方がいいような気もするけど……時間もないし、そんなにたくさんの方法を思いつく訳でもない。


「という訳で次は一緒に猫を飼おうと思う」

「ええ……」

 当然ながらあまり気乗りはしていなさそうだ。予想はついていたことなので勝手に話を進めよう。

「じゃあ、早速だけど猫を拾いに行こうか」

「どこに?」

「実はこの館、リーナが勝手に野良猫にエサやってるせいで猫が集まってるんだよね」

 現代日本と違って猫屋敷になっても誰かに迷惑がかかる訳でもないので放置してたのが、まさかこんなところで役に立つとは。


「さあ、行こう」

 私は全く乗り気でないオレイユの手を強引に引っ張って館の裏手に向かう。

 すでに夜遅くだったが、裏口を開けると庭で十匹ほどの野良猫が気持ちよさそうにくつろいでいるのが見えた。思い思いに寝そべって毛づくろいをしている。もしかしたら、夕飯作るときに出た余り物を今夜もリーナは与えていたのかもしれない。

 普段は人に慣れている猫たちだったが、私たちが近寄ると急に警戒の目を向けてくる。そして何匹かは露骨に物陰に隠れた。


「おかしいな、いつもはこんなじゃないんだけど」

「いや、猫はこんなもの」

 そうか、こいつか。確かにオレイユの全身からは他人に対する、というより世界に対する警戒のオーラが発信されている。猫たちはそれを敏感に感じ取っているのだろう。私たちが近づいていくと、蜘蛛の子を散らすようにさっと散っていく。


 が、そんな中、一匹だけがその場に寝転んだままだった。黒と白のちょっと三毛猫っぽい模様の猫である。他の猫たちが物陰から警戒の目でこちらを見つめる中、呑気に毛づくろいを続けている。


「何で逃げないんだろう」

「さあ……特に人懐っこいんじゃない?」

「そうかな。じゃあ、これでどう」


 突然オレイユの体から濃厚な殺気が発され、私は思わず後ずさりをしてしまう。最初に殺されかけた(というと語弊があるけど)時以来の、背筋が凍り付く感覚に襲われ、呼吸が一瞬止まった。


 すると猫はきょとんとした目でオレイユを見た。一体なぜそんなことをするの、とでも言うかのように。それを見てオレイユから発されていた殺気が消える。私は思わず腰が抜けてその場に座り込んでしまった。


 オレイユはゆっくりと猫の方に歩いていくが、猫は依然としてリラックスした様子でオレイユを見つめている。オレイユが猫の前に座った。それでも猫は動かない。オレイユはおそるおそる、というふうに手を伸ばして猫の頭を撫でる。猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。


 それを見て私はほっと息を吐く。私が何もしなくても、第一関門は勝手に成功していたようだ。私はそれを微笑ましく見守る。と同時に猫に感謝した。


 オレイユも猫もお互いのことが気に入ったようで、しばらくの間のんびりと触れ合っていた。

 しばしの時間が経った後、私はおもむろに告げる。

「あの部屋でこの子を飼ってもいいよ」

「でも、私飼い方とかよく分からない」

「リーナに聞いたら分かると思う」

 リーナは隠してるつもりだったんだろうけど、時々怪我した動物をこっそり館内で飼ってるし多分知ってるだろう。私が全部聞いて教えようかとも思ったけど、オレイユはリーナともコミュニケーションをとった方がいいと思ったのでやめた。断じて私が面倒になった訳ではない。


「でもメイドさん、私のこと嫌いじゃないかな」

 オレイユは少しだけその可能性を恐れるように言った。

 嫌いというよりは単に近寄りがたく感じているような気はする。むしろ毒殺未遂なんてしたし、リーナの方が嫌われていると思っている可能性すらある。

「私が一緒に行ってあげようか」

「……うん」

「でも、自分の口から話そう」

 オレイユが手を伸ばすと猫は大人しく手の上に載った。オレイユは猫を手に載せたまま私についてくる。


 その後オレイユはリーナのところに行くと事情を話した。猫を載せたオレイユを見てリーナは最初驚いていたが、話を聞くと少しほっとした様子を見せた。リーナもオレイユにも感情があるところをだんだん分かってきたのだろう。

 最初はぎこちなかったが、猫の育て方は得意分野だからだろう、リーナもだんだん打ち解けて話すようになってきて、それをオレイユは熱心に聞いていた。私は話が盛り上がって来たところでそっとその場から消えるのだった。

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