中世の戦争と言えば結局一騎打ち
さて、森の中の戦闘が膠着しているころ、山道の方でも相手方に動きがあった。兵士たちの間をかき分けるようにして一人の戦士がかけて悠然と歩いてくる。
全身をプレートアーマーに身を包み、顔面も鉄兜と鉄仮面で覆い、紅蓮の旗のようなものを掲げている。しかし掲げている旗はただのグレゴール伯爵の旗ではない。教会の紋章が描かれており、何らかの魔術的な道具と思われた。
さて、旗を掲げた戦士は矢がぴゅんぴゅん飛んでくるにも関わらず、柵の前まで進んでくる。何本もの矢がプレートアーマーに向かって飛んでいくが、全てが鉄甲に阻まれてむなしく地に落ちる。
戦士は柵の前までやってくると、腰の大剣を抜き放った。全身を堅牢な鎧に身を包んでいるというのに、その動きはまるで軽装の戦士がレイピアを扱っているかのように素早かった。
バサリ、という音とともに大剣が一閃。目の前の柵は一撃で倒れた。それまで柵で守られていた兵士たちはたちまち戦士の前に露になる。戦士はそんな兵士たちを威嚇するように大仰に大剣を振り上げた。
「うわああああ!」
兵士たちは悲鳴を上げて逃げ去った。おそらく彼らの武器と技術ではこのプレートアーマーに傷をつけるのは難しいだろう。
仕方がないので、私は魔剣を抜いて前に出る。プレートアーマーであれば、炎系魔法を使えば熱で大変なことになるはずである。
「お前がアルナ=アルトレードか」
戦士はくぐもった声で言う。近くに立つと、二メートル近い身長と圧倒的なプレートアーマーが醸し出す雰囲気に圧倒されそうになったが、何とか気丈に対応する。
「そう。あなたがグレゴール伯爵の切り札って訳?」
「我が名はアンドリュー。伯爵領最強の騎士である」
そう言ってアンドリューは剣をこちらに向ける。しかし強いとはいえ、所詮ただの固い鎧と大きな剣。魔法の前には無力のはずだ。
「すぐに麓まで追い落としてくれる」
私は啖呵を切って呪文を唱える。
『ファイアブラスト』『ヒートフレイム』『リーンフォース』
魔剣から炎が噴き出し、蛇のようにアンドリューのプレートアーマーに巻き付きにいく。多少の耐魔効果がついていようが、熱で中の人間を焼き切れるはず。
が、そうはならなかった。アンドリューが近くに立てかけてあった旗を振ると、炎はまるで生き物ように旗の方に吸い寄せられていき、霧散した。
「何これ……」
思わず愕然とした気持ちが顔に出てしまう。
「そちらには邪教徒がいると聞き、邪術対策に用意した神具だ。もっとも、邪教徒ではなく領主自身に使うことになるとは思わなかったがな」
『フリーズ』
途端に空気が凍り付こうとするが、その冷気すらも旗に吸い込まれていってしまう。その後何度か魔法を唱えてみたが、全ての魔法は旗に吸われていった。かくなる上は魔法に頼らずにこいつを倒すしかない。
「くそ、だがこの魔剣がただの大剣に負けるものか」
「望むところだ」
アンドリューと私は同時に剣を振り上げる。本来なら私ごときの剣捌きでアンドリューに対抗できるはずもなかったが、全身に装備している魔道具により身体能力を強化された私は軽々と剣を操る。
ガキン!
鈍い音がして剣と剣がぶつかる。既存のどの物質よりも固いユキノダイトだったが、アンドリューの持つ剣と打ち合ってもひびを入れることは出来なかった。
「ほう、この剣と打ち合っても無事とは。それが未知の金属か」
「そっちこそ、その剣は一体何?」
「単に我が領地第一の剣匠が鋼と鉄を精魂込めて打ったという剣だ」
そうか、この剣はユキノダイトで出来てるから丈夫だけど、アリーシャは魔法には詳しいけど剣の加工自体は多分専門じゃない。だから魔力は高いけど剣としての性能はそんなに高くないのか。これまでプロレベルの者が作った剣と戦ってこなかったから分からなかった。
「くそ!」
その後数合撃ち合うが、お互いの剣は丈夫でびくともしない。しかも撃ち合うたびに剣から相手の力が衝撃として伝わって来て腕がしびれそうになり、身体にも疲労がたまる。いくらマジックアイテムで強化しようとも十代の少女の膂力では本業戦士の膂力には及ばないようであった。
「はあっ、はあっ、はあ……」
「反乱を起こすだけの強さがあるのは認めるが、世界は広い」
戦士が説教っぽく言ってくるのが腹立つ。内容はもっともだけど。とはいえこのまま撃ち合ったとて勝てる気は全くしない。
本当は私の実力で倒す方が敵味方に実力を披露出来て良かったんだけど、仕方ない。何はともあれ勝つことが最優先だ。
「仕方ないか……オレイユ!」
突然私の傍らを疾風が通り過ぎた、ような気がした。突然の気配に戦士は動揺したが、慌てて大剣を構えて防御する。
「愚かな」
が、私の横を疾風のごとき勢いで駆け抜けたオレイユはアンドリューに斬りかかる寸前で方向を変えた。
「やあっ」
次の瞬間、オレイユの裂帛の気合とともに紅蓮の旗の柄が真っ二つに折れてばさりと地面に崩れ落ちる。それを見て私はオレイユの意図を感じ取った。オレイユは総大将の私に見せ場を残しておいてくれたのか。ありがとう。
地に落ちた旗を見てアンドリューの顔が歪む……のは仮面に隠れて見えなかったけど、おそらく動揺しているはずだ。そこに私は畳みかける。
『ファイアブラスト』『ヒートフレイム』『リーンフォース』
今度こそ私の剣から噴き出した炎はアンドリューの体を包む。避けようとしたが避けられるものでもなく、アンドリューの全身は炎に包まれる。
「ぐあああああああああああああああ!」
アンドリューの断末魔は喧噪だらけの戦場を隅から隅まで駆け抜けたという。魔法の炎が消えると、そこには動かなくなったフルプレートの男が倒れていた。その姿を見ると私は自分で彼を討ち取ったという重しと高揚感の両方がこみあげてくるのを感じる。しかしここは戦場だ。
「敵騎士アンドリュー、討ち取ったり!」
私が高らかに宣言すると味方からは歓声が上がり、敵兵には動揺が見えた。やはりあれだけの人物ともなれば敵軍の精神的柱のような存在だったのだろう。同時に戦場の空気に染まりつつある自分に少しだけ恐怖を覚えた。
やるなら今か。
「オユンに突撃命令を」
私は近くの使者に命じる。すぐに山頂の方から騎馬兵たちが駆け下りてくるのが見えた。
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