心を折る
さて、毒殺未遂事件はあったけどどうしたものだろうか。私は少し考えてしまっていた。
冷静に考えてみるとこんなことをリーナが思いつくはずもないし、そもそもリーナが毒物を持っているとも思えない。オレイユを殺す動機があって毒物を容易に入手できる人間。そんな奴は一人しかいない。そいつがリーナをそそのかしたのだろう。
「一体どうしたものかなあ」
もちろん他人をいきなり毒殺するのは悪いことなのだが、動機は私を助けるため。それに私のオレイユへの説得が失敗すればアリーシャも捕まる以上、正当防衛と言えなくもない。
そう思うと、頭ごなしに彼女を責めることも難しいように思えてくる。オレイユは善と悪がよく分からないと言っていたが、図らずも私も善悪について考えさせられる結果となってしまった。
私はオレイユと話していて、いまいち彼女を憎むことが出来なかった。もちろんアリーシャを狙っているのは許せないのだが、見渡す限りの荒れ地しか広がっていない彼女の人生において、唯一自分で決めた指針が教会への恩返しだと言うのであれば、同情を全くしないことは出来ない。
恨みよりもどうにか更生させてあげたいという気持ちの方が強くなってしまっていた。だが、それと引き換えにアリーシャの命を危険に晒すのも違うとは思う。もちろん、倫理的な問題を乗り越えてアリーシャを守るためオレイユを殺すという判断をしたとしても技術的な問題はある。
ドカン!
そんなことを考えていると、突然館のどこかからか爆発音のような音が聞こえてきた。タイミング的に私は非常に嫌な予感がする。私は急いで音のする方に向かった。
そこには巨大な岩石により内側から扉が破損したトイレと、そのトイレに杖を構えているアリーシャの姿があった。ちなみに杖はユキノダイト製で、おそらく彼女が丹精込めて作ったと思われる新作だろう。出会った時に持っていた杖よりも小ぶりだが、圧倒的な魔力を感じる。そして魔法を使ったばかりなのだろう、周辺には魔力の残滓が漂っている。
「一応聞くけど何してるの?」
「あの女がトイレに入ったから、岩石の中に封じ込めた」
アリーシャはゆっくりとこちらを振り向くと、少しだけバツが悪そうに言う。確かに人間、トイレに入る時が一番無防備とは言う。私の表情を見て不満を察したのか、アリーシャは言う。
「仕方ないって。だってやらなければ私たちはやられるしかない。確かにリーナに頼んだのは悪かったと思ってる。でもアルナはもう少し危機感を感じるべき」
「それはそうだけど……」
確かにアリーシャを差し出さないって決めるなら一般的にはアリーシャと同じ解決方法をとるのだろうけど。それでも。
「でも、人間らしい感情を何一つ知らないまま死んでいくのはさすがに可哀想かなって」
私が言ったときだった。不意にみしみしという音を立ててトイレの中の岩に亀裂が入る。まさか、と思っていると。
『マジックシールド』
バキッ!
音を立てて岩が砕け散り、破片がいくつかこちらへ飛んでくる。カン、コン、と破片が魔法の防壁に当たって足元に落ちていく。そしてトイレの中から現れたのはオレイユだった。
「勝手に死んだことにされる方が可哀想だと思うんだけど」
「何で……私が作った最強の杖で魔法をかけたのに」
アリーシャは絶望の目でへなへなとその場に膝をつく。その表情は恐怖に覆われ、目から生気が失われかけている。どちらかというとオレイユが生きていることよりも、自信のある魔法が効かなかったことに愕然としている様子が見受けられる。
アリーシャは自分の生死にはあまり頓着している様子はなかったが、魔法の腕にはプライドを持っているようであった。
「大丈夫、私は生まれつき魔法耐性にも優れているから私に防がれたからといって落ち込むことはない」
「う、嘘だ! エクスプロージョン!」
現実を受け入れられないのか、アリーシャは膝をついたまま杖をオレイユに向ける。オレイユの目の前に火球が出現するが、オレイユはそれを無造作に斬り捨てる。すると火球はふっと消滅した。本来は大爆発が起こるはずだったのだろうが、何も起こらない。アリーシャの絶望はさらに深まる。が、それでも諦めることが出来ない。
「メタルブラスト!」
アリーシャの杖から金属の奔流のようなものがあふれ出し、オレイユへと迫っていく。オレイユは無造作に右手を突き出した。明らかに当たればタダではすまなさそうな勢いで金属片が迫っていっているはずなのに、オレイユの手に触れた金属たちはいずれもすっと消滅していった。
「う……そ……」
アリーシャの目から光が消える。
やがて魔法が途切れると、オレイユの手には小さいひっかき傷が何本かついているのが見えた。
「そういう訳だから、賢明な選択をして欲しいと思う」
そう言ってオレイユは去っていった。
後に残されたアリーシャはうつろな目でその場に固まっていた。圧倒的な暴力っていうのは物理的に相手を傷つけるだけではなく、心も折るのか。私はそんなことを思った。
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