そう言えば職業診断で適性がカウンセラーって出たことがある

 アリーシャがオレイユに本気で挑みかかって軽くあしらわれた事件はショックだったが、残された時間はあと六日しかない。

 それにアリーシャが負けたということは、やはり暴力ではどうにもならないことが証明されたということになる。つまり私が頑張らなければならないということだ。


 私は心が折れたアリーシャを工房まで送り届けると、懲りずにオレイユの元へ訪問した。私が部屋の戸をノックすると、

「今度は何?」

 と気だるげに反応が返ってくる。感情がないとは言いつつ若干の煩わしさを感じなくもない。

「結局さっきお話出来なかったでしょ? だから今度こそお話しようよ」

「いいけど、出来れば闇討ちはしないでくれると嬉しい」


 そう言ってオレイユはドアを開く。いい加減このテンションの会話にも慣れてしまった自分がいて少し怖い。

 また素振りでもしていたのか、家具が壁際に寄っている。また戻してもらうのは申し訳ないな。

「大丈夫、闇討ちされるのは誰でも嬉しくないから」

 私はオレイユと一緒にソファと机を戻して対面するように座る。せっかくだからお茶ぐらい淹れたかったけど、毒殺未遂があった後だからね。


「それで、話って?」

「オレイユは感情がないって言ってたけど、やっぱり人間である以上ゼロってことはないと思うんだよ」

「そう? だとしてもそんなに大したものはないと思うけど」

 オレイユは首をかしげる。

「例えば今闇討ちしないでくれると嬉しいって言ったけど、その『嬉しい』ていうのも一応感情なんじゃない?」

「どうだろう。『手間が省ける』ていうことを他の人が言うような言い方に言い換えただけかもしれない」

 意味が分かっても分からなくても、他の人が使っているのと似たような感じで『エモい』『バズる』などを使うような感じだろうか。実際、改めて意味を聞かれると答えられないけど何となく使ってしまってる言葉ってない?


「じゃあオレイユは『手間がかかる』よりは『手間が省ける』方がいい状態ってこと?」

「それはそうかも」

 オレイユはこくりと頷く。だがそれすらも私にとっては攻略のとっかかりだったりする。

「例えばオレイユはこれから一週間どうせ暇な訳でしょ? だとしたら手間がかかっても省けてもそんなに変わらないんじゃない?」

「……それが?」


 AとBの二つの状態があって、『AがBよりいい』と判断するには何らかの価値基準が必要なんだよね。

 例えばおいしいリンゴとおいしくないリンゴがあって、前者の方がいいって思う人は「食べ物のおいしさにより幸せが得られる」という価値観を持っていることが分かる。

 オレイユの場合、とりあえずこの任務を達成することについては『やれと言われた任務はやる』ていうマイルールに従っているから置いておく。マイルールに従わないといけない、というのも感情の発露だとは思うけど、何となくそこは攻略が難しそうな気がする。


「何で同じ時間がかかるのに手間がかからない方がいいって思うのかな。むしろ手間がかかる方が暇な時間が減っていいのかもしれない」

「なるほど。確かにそれは考えたことがなかった。領主さんは独特な思考をする方ね」

 オレイユが感心する。そして少しの間考え込む。

「確かに何で私は手間が省けた方がいいと思ったんだろう。領主さんは何でだと思う?」

「え、私?……何でだろう」


 まさか返ってくるとは思わなかった。

 今度は私が考えさせられる。オレイユの価値観を感じ取れる意志は他にもある。出来るだけ私やアリーシャを殺さずに解決しようとしていることだ。まあアリーシャは生きたまま連行しても殺される可能性は高いけど。

「じゃあもう一つ聞かせて欲しい。オレイユは何で人を殺さないの?」

「殺すのは……何となく嫌だ」

 なるほど。それならもう一押しじゃないか?

「でもアリーシャは連れていかれたら多分殺されるけど」

「私以外の人が誰かを殺すのは知らない。世の中では今日もたくさんの人が死んでるから」

 そっちのタイプか。いいか悪いかは別として、理解出来ない考え方ではない。例えて言うならクラスでいじめが起こっているのはどうしようもないけど、加わるのはさすがに嫌だ、みたいな。

 その上で手間が省けた方がいい、か。もう少し質問してみよう。


「オレイユは手間が省けた方がいいって言いつつ私との会話には毎回応じてるけど、それは何で? それも手間に入るんじゃないの?」

「なぜだろうね。ただ、これは領主さんに限った話ではない。私は話を聞いて欲しいって言われたら二秒後に殺す相手の話でもつい聞いてしまう」

 なるほどなるほど。何となく私の中で繋がってきたかな。


「オレイユは実は人の感情を理解したいっていう気持ちがあるんじゃない? だから他人の話を聞いてしまう。死者の気持ちは理解出来ない。手間がかかるっていうのも無用の対立を避けたいだけ」

 私の言葉をオレイユは少し考える。

「確かに。言われてみれば、感情というものは理解出来ないけど、理解したいとは思う。本当言うと、さっき錬金術師が泣いてたのもよく分からなかった。私は別に今彼女を殺すつもりではなかったのに。それとも、私に勝てないということは死ぬしかないという未来を悟ったから泣いたのかな」

 言うまでもなくオレイユが言っていることは的外れである。

 ごめんアリーシャ。真剣に悩んでいたのは本当だと思うけど、ちょっと教材に使わせてもらうね。


「違う。アリーシャにとって魔法っていうのは人生をかけた全てなんだよ。アリーシャにとっての価値観、そう、オレイユで言うところのマイルールかな。それが常に魔法の技術を上げることが一番大事ってこと。それなのに、オレイユに手も足も出ずに負けたらどう思うと思う?」

「つまり、私で言うなら任務をしようとしたらいきなり現れた何の関係もない人に邪魔されて失敗したような感じかな」

 オレイユは常識がないだけで頭の回転は結構速いのではないか。


「そうだね。でもアリーシャにとっての魔法はオレイユのルールよりももっと思い入れが強いと思う。それでいてオレイユにとって、アリーシャを倒すことはそんなに重要じゃない。もちろん恩返しっていうのはオレイユの唯一のルールなんだろうけど、アリーシャはそこまで知らないだろうし。つまりアリーシャからすると、自分が必死でやっていたことを、いきなり現れた赤の他人が暇つぶしで叩き潰していったように見えるってこと」

「それは……確かに嫌だ」

 オレイユも頷く。


「そう。オレイユにとってのルールっていうのが価値観。オレイユはえいやってルールを決めたのかもしれないけど、人間は本来、元から『どうなったら嬉しい』『どうなったら悲しい』ていうのを持ってるんだよ」

「私は今、人間の気持ちを知れて嬉しい……のかな。今のこの気持ちも私の価値観なのかな。私も皆より少ないとしても同じように価値観を持ってるのかな」

 オレイユがじっとこちらを見る。本当はすぐにうん、て言いたかったけど残念ながらオレイユの心の中は私にもよく分からなかった。


「でもそうだよね、私よりももっと強い価値観を持っているなら、私に負けるのは悔しい」

 オレイユは納得したのかうんうんと頷いている。これはもしかしたらやったのでは? 彼女に感情の何たるかを教えたのでは? おこがましいかもしれないが、ヘレン・ケラーが「water」を覚えたときのサリバン先生もこんな気持ちだったのではないか。ふう、これでようやく第一歩を踏み出した。これで後は順番に段階を踏んでいけば……

「私錬金術師に謝ってくる」

 オレイユはすっくと立ちあがる。ごめん、やっぱ全然道半ばだわ。今こいつが謝りに行くのはとどめを刺しにいくのとそんなに変わらない。こいつは人の感情の何たるかについて全く分かってない。

「ちょっと待った。まだ全然ダメ。私が人の感情についての免許を皆伝するまで絶対アリーシャと会っちゃだめだから」

「……うん」

 こうして私は理屈ではなく、一から感情の何たるかについて教えることに決めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る