Ⅰ 亡命錬金術師 アリーシャ

第3話 ヴォルノ鉱山

 うっとおしく絡んできたヴィルスを追い払ったことで私は名実ともに次期領主として認められた。館には私やリーナの他にも中級下級役人から近隣の村からの使者など色々な人が出入りしているが、きちんと私を領主と認めてくれた上で話をしてくれるようになった(ちなみに私を認めていない場合、上っ面の美辞麗句で話が終わるか、無理難題を吹っかけられることが多い)。


 数日後、とりあえず直近で処理しなければならない課題も終わり、私は少し遠方まで資源探索に出ることにした。この前はたまたま館周辺でもユキノダイトを見つけたものの、含有量は少なく鉱脈がある訳でもないようだった。そのためまずはきちんとした鉱脈を一つは見つけたい。


 幸い、館にある領内の記録を読んでいると近くのヴォルノ山という山からきらきらした石が見つかったという記述があった。見つけた人は近場を探したものの、知識を持っていなかったのか鉱脈を見つけることは出来なかったらしい。


 ちなみに書類上ではアルトレード領となっている地域でも、この館から離れると賊やら魔物やら邪教徒やらが跋扈しており実質的な支配が及んでいる訳ではないという。ただ私は軍事とか戦闘の能力にステータスを全然振っていない上に、財政も逼迫しているのでその辺の討伐は後になりそうだ。


 そうと決めた私は白のブラウスに紺の丈の長いサーコート(騎士とかが羽織るちょっと格好いい上着)風の上着、黒のプリーツが入ったミニスカート、腰にはロングソードといういで立ちで館を出た。ちなみに『STR』に少しポイントを振っていたおかげで私は馬にもまあまあ乗れる。ゲームによっては『AGI』に振ってないと乗馬出来ないので助かった。


「領主様、お一人では危ないですよ」

「大丈夫、私大勢でぞろぞろ行くのあまり好きじゃないから!」

 私はリーナの制止を振り切ると一人で馬に跨る。当然ではあるが現代にいたころは馬になど乗らなかったので新鮮な体験だ。面倒な仕事ばかりだけど、馬に乗って風を切るのは悪くないと思った。


 館を出ると周辺には街が広がっている。とはいえ『商業』も『工業』も初期値なのであまり活気はなく何となくさびれた雰囲気である。街の外には畑が広がっているが同様に何となく規模がしょぼい。

 そんな何とも言えない農地を出ると、しばらく何もない平原が広がっている。本当にこの領地は何もないな、と思いながら私は前方にそびえたつヴォルノ山を目指す。

 ただ、何もない平原を馬で駆けるのは気持ち良かった。多少スピードを出してもぶつかりそうになる相手はおらず、解放感がある。


 一時間ぐらい走っただろうか、私は心地いい汗をかきながらヴォルノ山麓に到着した。一応さびれた村があり、周囲の畑を抜けるとぼろい家が立ち並ぶ村の中に到着する。この村の記録で私はこの山に鉱脈がありそうなことを知ることが出来た。私は馬を降りると村長の家を探す。人口百人ぐらいの閑散とした村なのですぐに村長の家は見つかった。


「これはこれは新領主様、こんな何もない村にお一人で何用で!?」

 村長は私の姿を見てびっくり仰天する。五十ほどの白髪交じりの老人で、村長と言いつつも特に身なりは良くなかった。

「ちょっと馬をお願い。私は山に用があって」

「こ、こんな山に一体何の用で?」

 村長は首をかしげる。


「私王都で鉱物について勉強してきたからちょっと探してみようと。ほら、この山って時々きらきらした石が見つかるって聞いたから」

「確かにそうですが……いえ、是非見つけてください! 土地は痩せていて、かといって大した産業もなくこの村はさびれていくばかりなのです。でも鉱石が見つかれば……」

 確かにこの村の様子を見ていると、かなりさびれているのは伝わってくる。村人も心なしか老人が多いし、廃屋のような家もちらほら見かける。というか、私の館があるエリルの街ですらぱっとしなかったのだから田舎の村に至っては推して知るべしだろう。

 そんな事情もあってか、村長はすがりつかんばりの勢いで迫ってくる。私はスキンシップは苦手なので思わず後ずさりしてしまう。それを見て村長は慌てて飛びのいた。


「あ、これは失礼しました」

「分かった。安心して、多分見つかると思うから」

 そう言って私が山に入っていこうとすると。

「あ、それともう一つ! 実は先ほどもこの山に入っていかれた旅の方がおりまして……領主様の手の者でしょうか?」

「いや、違うけど……何か言ってた?」

「いえ、別に。特に山には何もないので我らも気にしておりませんでした、すみません」


 何だろう。もしかして私以外にも資源を見る目がある人がいるのだろうか。とはいえ、考えても仕方がない。私は一言お礼を言うとそのまま山に入った。

 地面は土に覆われており、麓の方には森が広がっているが、山頂の方ははげ山になっていた。森は手入れされている痕跡があるから村で使っているのだろう。

 山頂の方に向かっていくと、だんだん土の量も減って来て岩肌が剥きだしになってくる。良かった、これなら探しやすい。私は剣で岩肌を叩いて割れた石を観察し、移動してまた割って観察し、を繰り返す。


 だんだん石に含まれるユキノダイトの量が増えていき、そろそろ大きな鉱脈があるかな、と思って歩いていくと目の前に人影がいるのが見えた。そう言えば村長がこの山に入った人がいたとは言ってたけど、この人もいい線いってるな。


 人影は黒いとんがり帽子に黒いコートを羽織って一メートル以上のワンドを持った魔術師っぽい外見だった。身長は私より低いし肩幅も狭いから女だろうか。

 私は少し緊張する。基本的に普段会っていた人とは領主と部下という関係があったから普通に話せたが、この人物は完全に謎である。私はバイト先の相手とか先生のように関係が決まっていると初対面でも話せるタイプだが、よく分からない相手には人見知りするタイプである。


 私が困惑しながら近づいていくと彼女は振り向いた。まだあどけなさの残る顔立ちに勝気な目、栗色の短髪の可愛らしい少女だった。ちなみに、私の記憶にもアルナの記憶にもない人物である。

「誰? こんなところに何の用?」

 先に少女が口を開く。他人の領地を勝手に「こんなところ」呼ばわりしないで欲しい。さびれてるけど。

「一応ここの領主をしているアルナという者だけど。そちらこそ何の用?」

 つい癖で初対面の相手には敬語になりそうになるのをこらえる。領主になったんだからしっかりしないと。


「私は錬金術師のアリーシャ。この辺、珍しい石が出るみたいだから私が見つけてあげる」

 錬金術師のアリーシャと名乗った女はそう言ってふふん、と勝気に笑った。何? 領主の癖に自分の土地に眠っている石すら見つけられないとでも思っている? 私はその挑発に乗ってあげることにした。


「確かにあなたいい線行ってるね。でも鉱脈はこっちかな」

 私はアリーシャがいた辺りからに数十メートルほど地面を砕きながら移動する。そしてこれぞという一点を指さす。これが資源探索Lv10か。私も理屈はよく分からないけどちょっと石を見ただけでどっちにどのくらいの鉱脈があるかすぐ分かってしまう。


「はい、ここ」

「本当に……?」


 アリーシャが訝し気な顔をする。私は剣の鞘で地面を少し強めに殴る。バキ、という手ごたえととともに岩が砕け散った。その下には一面、陽の光を浴びてきらきらと輝くユキノダイトの層が広がっていた。

「すごい……まさかこんなにあったなんて」

 アリーシャは思わずその場に膝まづき、燦然と輝くユキノダイトの層に見とれた。彼女が驚いている間、私も内心の驚きを隠しつつ、無言でどや顔をしながら立っているのだった。

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