戦争も事前の準備と計画が八割

 戦争前の口上も終わり、いよいよ敵軍が攻め寄せてくる。どうでもいいけど、戦闘前にこんな口上を述べるなんて中世感があるよね。


 敵軍は槍の穂先を揃えて狭い道を埋め尽くすように攻め上ってくる。すぐにこちらからも矢が放たれるが、敵兵は鎧を着ておりなかなか致命傷にはならない。大した足止めも出来ずすぐに柵の前まで攻め寄せてくる。


 柵に辿り着いた敵兵は柵に槍を突き立てると、そのままこちらに押し倒そうとしてくる。それに対し敵兵が眼前に迫った兵士たちは必死で矢を放つ。至近距離での矢を受けた敵兵はばたばたと倒れていく。

 さらに。左右の森の中から冥界教徒たちの攻撃魔法が降り注ぐ。魔法の種類は様々で、炎だったり衝撃だったりしたが、突然の左右からの攻撃に敵兵はばたばたと倒れた。敵兵は柵を押し倒すどころではなくなり、動揺する。


「森の中に突入せよ!」


 が、敵軍は兵力だけは持て余している。すぐに次の指示が出て、後から後から山道を攻め上がってくる兵士たちは道から溢れるようにして森の中へと侵入していく。

 兵士たちが森に入ってすぐにぎゃあ、とかぐわあ、といった悲鳴が森の中から上がる。冥界教徒たちは冥界芋の栽培が軌道に乗るまでは狩猟も結構行っていたらしく、森の中には彼らが仕掛けた罠が設置されている。


 落とし穴や虎ばさみにかかった兵士目掛けて木立の間から魔法が発射されるが、罠の数には限りがある。そして一度引っかかってしまった罠はもう発動しない。

 一通りの罠に引っかかった敵軍は改めて森の中を進んでくる。それに対して冥界教徒たちは木立に隠れて魔法を放って応戦する。森の中の戦闘は視界が悪く、進むのも容易ではないため、困難を極めた。


 その間に山道の戦闘では陣列を立て直した敵兵が最初の柵を打ち破り、次の柵に到達する。森の中の冥界教徒たちは目の前の敵と戦うのに精いっぱいで山道の援護をするどころではなくなり、素人が主力の中央戦線では押されていた。

 いくら矢で仕留めても次から次へと湧いて来るように現れる敵兵に、味方の兵士たちは疲労感や無力感を抱き始めていた。


「やっぱり急造の兵士では数で圧倒する敵軍には抗いきれないか。山道の兵力はすぐに撤退せよ!」


 状況が不利と見た私は山道の兵士たちを撤退させる。このまま中央が崩壊すると森の中の冥界教徒たちも孤立してしまう。そこで私は次の作戦に移ることにした。

 兵士たちは退却命令が出ると助かったとばかりに山頂の最後の柵の内側まで逃げてくる。


「慌てず順番に中に入って、中は安全だから。傷ついた者は奥の救護所へ!」

 奥ではアリーシャが得意ではない治癒の魔法を使って一生懸命兵士たちの治療に当たっていた。基本的にただの怪我なら治癒の魔法を使うとすぐに治る。怪我の深さによって術者への負担が変わるが、アリーシャの魔力は常人離れしている上にユキノダイトで魔力を強化していたため、次から次へと手当を行っていた。ただ、傷は治っても疲労や痛みなどが消える訳ではなく、癒された兵士たちは山頂で休ませられていた。


 こうして兵士たちをどうにか収容すると、代わりに敵軍が攻め上がってくる。私は彼らに向かって魔剣アストラルブレードを構える。


「来たれ岩の奔流、峠を転げ落ちよ……『ロックストリーム』『リインフォース』『ジャイアント』」


 突如私の目の前に巨大な岩がいくつも出現する。それらはさらに私の魔法で人の身長ほどの大きさになると、重力の法則に従って次々と坂道を転げ落ちていった。山道を駆けあがって来た兵士たちからは阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。

 戦いに必死で使ってから気づいたが、自分の魔法で他者を傷つけるのはよく考えれば初めてだった。次々と転がる巨石の下敷きになっていく敵兵を見て私は罪悪感に襲われる。同時に罪悪感を抱く程度で済んでしまう自分の心はすり減っているような気がしてくる。それに、私が直接見ていないだけですでにこの戦争で大勢の者が命を落としたり重傷を負ったりしている。それでも、私は次の指示を出さなければならない。


「騎馬の民、突撃!」

 私は山頂に控えさせていた騎馬の民を投入する。どうにか岩を回避したり森の中でやり過ごした兵士たちが山道に残っていたが、そこへオユン率いる騎馬の民が突撃する。それまで急造の民兵の相手をしていた敵兵は急に馬に乗った戦慣れした者たちの出現に度肝を抜かれた。

 一部の者たちは戦おうとするが、後続は岩に押しつぶされていて、すぐに孤立してしまう。それもあって敵軍は脆くも崩れ去った。


 山道の敵軍が壊滅すると、森の中の敵兵も孤立を恐れて退いていった。こうして初日の戦は私たちの完全勝利で幕を下ろした。山道の兵士は早めに退却させ、森の中の戦いでも負傷した者たちは早めに撤退したおかげで死者が多くなかったのが救いだった。


 戦いが終わるとミアも数人の幹部とともにアリーシャを手伝って負傷者の手当をしていた。突然現れたミアたちの姿に最初アリーシャは彼女らを訝しげに見ていた。元々アリーシャは今回の事件の引き金となった冥界教徒をあまりよく思っていなかった。教えがどうこうというよりはお前たちのせいで戦が引き起こされたのではないか、というわだかまりがあった。


「無理してもらわなくてもこっちは私だけで間に合ってるけど」

 それもあってアリーシャはやや突っかかるような言い方をしていた。

「いえ、私たちはただ傷ついた人を癒したいという気持ちがあるだけです」

「それならいいけど」

 しかしアリーシャはその後も目の前の兵士を手当てしながらミアにちらちらと視線を送っていた。


「あなたはもしや……冥界教の方ですか」

 一人の傷ついた兵士がやってくる。彼は冥府教と聞いて、ミアに対してはっきりと恐れの感情を抱いていた。

「はい。ですが相手がどのような信条を抱いていようと、傷を癒したいという気持ちに変わりはありません。ですので、癒しの魔法はきちんと使うことが出来ますよ」

「……サンタ―リアの神を信じていても大丈夫でしょうか?」

 兵士は恐る恐る尋ねる。ちなみに、神から授かった奇跡で魔法を使っている場合、異なる神の信者に作用しない魔法というものもある。が、ミアは淡々と答えた。

「問題ありません。この魔法は神からの奇跡ではなく、純粋に魔術を探究して得たものですので」

「ではお願いします」

 そう言ってミアは兵士たちを治癒した。最初は懐疑的な目で見ていたアリーシャだったが、治療行為を通して改宗を迫ったりしないミアに対して安堵の気持ちを抱いたようだった。


 失われた命はあったが、共闘することでミアや騎馬の民が普通の人々に受け入れられたことは少し嬉しかった。彼らは臨時に雇った兵士たちなのでこの戦いが終われば町や村に帰すつもりでいる。そのとき、騎馬の民や冥府教徒も同じ人間であるということを広めてくれるのであればありがたかった。

 勝ったとはいえ、今回は事前準備と奇襲的な作戦が功を奏したというだけで、明日以降は相手も対策をとってくるだろうし、敵方にも名のある武将や魔術師がいるだろう。彼らが出て来ればどうなるか。

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