相手を説得する気のない議論は議論ではなくアリバイ作り

 一週間後、私の領地に攻めて来る相手が明らかになった。グレゴール伯爵という人物で、サンタ―リア教保守派で多額の寄付を行う代わりに教会の力で広い領地を手に入れていると評判である。また、教会と仲がいいという評判から面と向かってグレゴール伯爵に敵対する者は少なかった。そのため王国内でも有力貴族の位置に収まっていた。

 グレゴール伯爵の収入の何割かは寄付という形で返ってくるのだから教会としても広い土地を治めてもらいたいところなのだろう。


 討伐軍の人選は私の領地への距離や戦略上の理由ではなく、純粋に教会の言うことを聞くかどうかで選ばれたらしい。確かに信仰心が低い貴族は適当に戦って和睦で済ませようとする可能性もある。

 そのため、遠方に領地を持つグレゴール伯爵は数日間の軍旅を経てようやく私の隣にいる男爵領に到着するという有様であった。


 そのときすでに私は軍勢を集め、騎馬の民300人、冥界教徒100人、そして私が慌てて集めた民兵200人という陣容でカイバル峠に布陣していた。

 一方のグレゴール伯爵は3000もの兵を率いてきたという。下手に教会との関りを持ってしまってしなくてもいい戦に駆り出されているのは可哀想ですらある。本来はもっとたくさんの兵力を動員出来る伯爵がこれしか兵を連れて来なかったのは、地形的に兵力が多くても意味がないと思ったのか、経費を節約しようと思ったのか。

 出来れば教会に変な肩入れをすると不幸な目に遭うという認識がこの戦いを機に広まって欲しい。


 私と隣の男爵領を繋いでいるのは人が2~3人並んで通るのがやっとという狭い山道である。隣と言っても深い山で区切られているためほとんど交流はない。また、特に信心深いサンタ―リア教徒という訳でもなく、物資の提供や道案内程度の協力に収まるようであった。

 そんな狭い山道の脇には木々が生い茂った山が広がっており、基本的に大人数で戦闘を行うことは不可能である。戦闘どころか私が軍を率いて山頂に布陣するだけでも難渋を極めた。山頂には少しだけ広い空間があったので、とりあえずそこにぎゅうぎゅう詰めで主力を布陣させた。

 そしてそこから男爵領側に降りていく山道に何重かの柵を作り、柵の後ろに弓矢を構えた民兵を布陣させた。そして山の木立の中には冥界教徒たちをばらばらに配置する。騎馬の民は馬に乗って戦える地形ではないのでとりあえず後詰として山頂に配置した。


 グレゴール伯爵は到着するとすぐに山麓に布陣して、遠路の行軍だったためか一晩だけ休息した。その間に降伏勧告の使者が来たが、問答無用で追い返した。

 翌日、日が昇ると同時にグレゴール伯爵は順当に細い道に歩兵を充満させて山道を攻め登って来た。山道が攻めづらいことは分かっていても、初手から奇策を弄しては臆したと思われることを恐れたのだろうか。ただの戦いではなく、教会の意を受けての戦いであるという意識もあったのかもしれない。


 伯爵軍はこちらの軍勢が布陣している目の前、ぎりぎり矢が届かないところまで来ると一度軍を止めた。焦った味方兵が何発か矢を放ってしまい、敵軍の前にぽとぽとと落ちる。

「撃てと言うまで撃つな!」

 指揮官の声が響くが、彼らも戦争の指揮など初めての人物である。その声にも焦りが含まれていた。そんな訳でこちらの軍勢は異様な緊張に包まれていた。


 そこへ敵軍から青旗を掲げた立派な鎧の騎士が一人前に進み出る。この世界では相手に話があるときは白旗ではなく青旗を掲げてくるらしく、矢を構えようとする兵士を指揮官が懸命に押しとどめる。

 騎士はこちらの柵のすぐ前まで来るとそこで足を止めた。

「アルトレード軍に告ぐ! 貴家は犯罪者や邪教徒を匿い、サンタ―リアの聖なる教えを捻じ曲げている! 今すぐ降伏するなら命まではとらない。償いを果たせば神もお許しになるだろう!」

 当然ながら領民の中にも冥界教徒は邪教徒であるという認識はある。ある、というかほとんどの人は何となく薄気味悪く思っているのではないだろうか。それは兵士として参戦している者も同様だろう。

 そんな者たちの動揺を鎮めるため私も前に進み出ることにする。当然、傍らにはオレイユを従えている。ちなみにアリーシャが前に出ると面倒になりそうなので、アリーシャは後方に待機させている。というか、本当は戦いにすら連れてくるつもりはなかったのだが、本人が無理を言ったのでやむなく連れてきた。責任感が強い彼女にはこの戦いに参戦せずに安穏としていることは耐えがたかったのだろう。


 私が最前線の柵まで出てくると兵士たちは不安げに私を見た。私は大きく息を吸って密かに拡声の魔法を使いながら叫ぶ。

「伯爵軍よ! 自分たちと考えが違う者を全て邪教と認定し、軍事力を以て制圧するというやり方は本当に神が望んだことなのか? 今一度信仰のあり方を考え直すことを望む!」


「全てではない! 彼らはいたずらにありもしない空想を述べて世の中を混乱させる者たちである! また錬金術師アリーシャの賢者の石解体は王国法に照らしれっきとした犯罪にあたる。これらの罪を裁くのは当然のことだ!」

 騎士も負けじと言い返す。


「そもそもあなた方に我らを裁く権利はない! それが出来るのは国王陛下だけだ! 私たちの罪を言い立てるなら陛下の命令書を持参せよ!」

 私にとって存亡を賭けた一大決戦でも、国王にとっては辺境の小競り合いに過ぎないのだろう。


「そうか、ならばその報いを受けるがいい! ただ兵士たちよ、もし武器を捨てて降伏するのであれば我らはそなたらを許すだろう!」

 そう叫んで騎士は自軍に帰っていく。

「悪いけど、よろしく」

 私も兵士たちに言い残して後ろに下がる。ほどなくして敵軍が押し寄せる波のように前進してきた。

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