敵とは議論が決裂してもいいけど味方はそうはいかないから大変

「どうしてこんなことになってるの!? 私は別に教会に敵対して欲しいなんて一言も言ってないんだけど!?」

 そう言ってアリーシャはテーブルの上をばんばんとたたく。三人の中でもアリーシャの怒りはとりわけ大きかった。

 そもそも教会との対立の発端は私のアリーシャ受け入れにある。そのためアリーシャとしては自分のせいでこんなことになったという思いがあり、だからこそ余計に怒っているのだろう。


「こんなことになるんならせめて事前に一言言ってくれれば……」

「でも一言言ったらアリーシャ、自分を犠牲にしようとするでしょ。もしかしたらだけど、抜け出して教会に自首したりするんじゃない?」

 戦争を避けるためだったらアリーシャはそこまでやりかねない。それが彼女の美徳でもあるんだけど、私としてはそうさせる訳にはいかなかった。

「それはそうだけど……でも実際に戦争するよりは全然ましじゃない……。私がしたことだって、そもそも好奇心に負けてやってしまったことなんだから……」

 アリーシャが懇願するような表情で言う。

「ただ、それが悪いことかどうかは私の領内である以上私が決めるべきだから。私は単に自分の領地の善悪についての決定権を自分で握りたいってだけ」

「いや、ここはエトワール王国なんだからそれは王国の許容範囲内でしか無理でしょ」

 アリーシャが冷静に突っ込みを入れる。それを言われたらそうだけど。


「それに、だからといって戦争に臨むなんて危険過ぎます! 大体、アルナ様の身に何かあればこの領地は終わりです!」

 リーナもアリーシャの援護射撃に回る。純粋に私の身を案じてくれているが故の意見なので反論しづらい。仕方ないので私はリーナの言葉尻を捉える。

「要は勝算があればいいってこと?」

「そ、そういうことは言ってないです! 大体相手がどれだけ強大かも分からないのに勝算も何もないです!」

 おそらくリーナには敵が王国全体になるのではないかというイメージがあるのだろう。しかし恐らくそうはならない。なぜなら私は教会に逆らっただけで国王に逆らった訳ではないからである。

 そして、ここまでこじれても国王から何も音沙汰がない以上国王はこの争いに介入する気はないのだろう。要するに、後から勝った方に正義があったと認めるということである。


「いや、勝つだけなら結構勝てるよ。私の領地に入るためにはカイバル峠を越えなければいけないけど、あそこは狭い山道だから大軍が通行出来る訳ではない。そこを通っているところを迎撃すれば負けはしない」

 ここアルトレード領は山に囲まれた盆地のようになっており、周囲の王国領からは隔てられている。だからこそ邪教徒や騎馬民族が温室栽培されてしまっているんだけど、逆に言えば防御にはかなり有利な地形と言える。

「でも局地戦で勝利したからといって、次々と敵が来ればいつかは負けるでしょ」

 今度はアリーシャが反論する。

「そうだね。でも勝ち続ければ相手だって無益な戦はやめるでしょ。大体、私たちは教会に敵対したけど他の貴族に不利益を与えている訳ではないし、今なら多少お金も出来たからそういう交渉も出来るし」

 要は教会の意を受けて攻めて来る貴族たちを金で転ばせようという最低な案である。しかし一回か二回大勝を収めればそれも可能でないかと思われた。


「でも、戦いになればアルナ様も出陣されますよね? 戦場ではどれだけ有利でも万一ということがあります」

 リーナの言葉はもっともだった。だからこそ戦争を起こすべきではないと言われればもっともである。

「さすがに私の一存で初めた戦いだから出ない訳にはいかない。でも、限りなく身の安全を確保する方法ならある。お願いオレイユ」

 そう言って私はオレイユを見た。私の個人的な戦闘能力に加えてそれをはるかに凌駕するオレイユの力があれば、私の安全を確保することは造作もないだろう。


「え、私がアルナを守ることになっているの?」

 私の問いにオレイユは首をかしげる。何で私が、とでも言いたげであった。

「お願い」

 私はオレイユに手を合わせて頼み込む。今の彼女にこういう押しが通じるかはよく分からないけど。

「いや、彼女が信用出来る訳……そうだオレイユ、こいつに何か言ってやってよ! そんな無謀なことするのやめてって!」

 アリーシャは何かを言いかけたが、逆にオレイユに私を止めるよう頼みこむ。またまたオレイユは不思議そうな顔をする。


「私がアルナにつけば無謀とかじゃなくてアルナは勝てると思うけど」

「……くっ、このナチュラル兵器少女め」

 アリーシャは罵倒したものの反論は出来ないようだった。オレイユの言葉は暴論のはずなのにそれで反論が封殺されるというのは滑稽である。

 オレイユは私の方を見て尋ねる。

「でも、アルナはそこまでしてやりたい何かがあるんだよね?」

「うん」

 私はオレイユを見返して頷く。


「ならいいよ」


「え?」

 そんなあっさり? とこちらが聞き返したくなるようなあっさりさだった。審問官の時といい、オレイユは自分の生き方が定まらないときはとりあえず他人に身をゆだねるところがある。生き方が無造作過ぎるのだ。もしこれが私じゃなかったら説教した方がいいかもしれない。


「ちょっと、そんな簡単に決めないでよ! それがどのくらいのことを引き起こすか分かってるの!?」

 すぐにアリーシャが食って掛かる。が、オレイユは平然と首を横に振った。

「分からないし、関心もない。でもアルナにはそこまでのことを賭けてまでやり遂げたいことがあるって言うなら私はそれを見てみたい。それは私にないものだから」

「……」

 さすがのオレイユもこれには言葉を失った。だがオレイユの表情は真剣である。


「じゃあ、そういうことで」

 オレイユが承諾してくれた勢いで私は押し切ろうとする。

「うそでしょ……」

 アリーシャは絶句した。

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