第5話:クローバー
ついにこの日がやってきた。
今日は花宮家訪問、当日。つまりお盆休みの初日だ。
長いようで、とても短かった。
一週間、いや、二週間くらいか。
この日の為に、入念に準備してきた。他にも準備はした。
服も買ったし、髪の毛も美容院で整え、さっぱりと短く切ってきて、眉毛でさえ整えた。容姿は多分完璧に仕上がったと言えるだろう。これ以上はもう整形くらいしかやりようがないくらいだ。
朝はいつもより早起きをして、鏡の前で自分と睨めっこ。
髭を剃るためにジェルを塗りたくり、顎から剃って行く。そして、剃り終わったら次は化粧水を顔に叩きつけ、肌に浸透させていく。締めは乳液。これも同じように叩きつける。男の化粧はこれで終わりと言いたいところだが、まだやる事はある。抜かりなくいつもの自分から一味違う自分へと変えていく必要があるのだ。
パジャマを脱いで、先日買ったルコステのポロシャツを着る。パンツも穿き替えて、靴下は新品の黒い靴下を履く。
ネット情報によれば、家に上がる時に意外と見られるらしい靴下。お洒落は足元からという事だ。ここで穴の開いたような靴下を履いていたら、完全にOUT。
——ここまでは大丈夫だ。
再度、鏡を目の前にして、ワックスを手に付ける。
……こんな感じだろうか?
久しぶりに付けるので、付け方が分からない。
高校生の頃はあんなにも付けていたのに。
とりあえず髪の毛に馴染ませて、印象の良さそうな感じにしておく。
昔、なんでおじさんはあんなに身だしなみがだらしないんだろうと思った時があった。それは歳を重ねていくにつれて、理解しつつある。そう、年を取ればお洒落なんてめんどくさいだけで、自分がよければそれでいいという考えに至るんだろう。
私服なんて週に二回しか着ないのだから、余計に。
歯磨きをし、身支度はこれにて終了。
今日は昼頃に花宮家に行く予定になっている。
時計を見れば、まだ九時を指していた。
リビングに移動し、ソファーに座ってみる。
……落ち着かねぇ。
「ふあぁー、おはよーう」
あくびをしながらリビングに入って来た七葉。
「おはよう」
「早起きですね」
「なんか落ち着かんくて、ね」
これから対面するんだ。七葉のお父さんと。
何を話すのか、何をするのか、分からない。どんな人かすら、想像できない。どんな性格で、何が好きで。何も知らない。ただ、知っているのはクセがある人という事だけ。あの日、かおりさんが言った言葉を聞き逃すことはなかった。俺はその言葉だけが気になっている。クセとは何か。
考えても分からないものをあーだこーだ考えたって何も変わらない。
一回で決まる。
今日で決まってしまう。
七葉は結婚の挨拶に行くわけではないと言っていた。
確かにそうだ。招かれている身で、誰も結婚の挨拶に来いとは言っていない。
——だが、お父さんはどうだろうか。
多分、かおりさんがお父さんにある程度の事は話していると思う。今、七葉には彼氏がいて、一緒に暮らしていることを。
彼女がどういった経緯で、友達とルームシェアしたのかは俺は知らない。さらに言ってしまえば、お父さんはかおりさんから聞くまで、友達と暮してると思っていたはず。
待ち受ける壁は、どうやら高そうだ。
「柊、どうしたの? そんな怖い顔して」
考え事をしていると、俺の目の前でちょこんとしゃがんだ七葉がいた。
「ううん、何でもないよ」
「そうですか。……よいしょっと」
立ち上がった七葉は跨って俺の膝の上に乗ってくる。
「大丈夫だよ」
「うん」
「何があっても、私は柊から離れないよ」
「うん」
「だから、大丈夫」
「うん」
「さて、と。コーヒーでも飲みませんか?」
「喉乾いたかも」
そういえば、起きてから何も飲んでない。
「じゃあちょっとだけ待ってて? 準備するから」
俺の上から降りた七葉は、キッチンに向かって歩いて行った。
鼻歌を奏でながら、鍋に火をかけ、コップにはインスタントコーヒーの粉を入れていく。
このくそ暑い時期にまさかのホットコーヒーですか?
五分くらい経ち、七葉がとてとてと湯気の立つマグカップを持って来てくれる。
「なんでホット?」
「こういう時だからです。コーヒーは気分を落ち着かせてくれる作用があるんですよ」
知らなかったでしょと言いたげな顔だ。
「へぇ。ありがと」
「アイスよりホットのがホッとしそうなんで」
まさかの七葉の口からダジャレが飛び込んできた。
思わず、吹きそうになる口を抑えた。
「急にぶっこむのやめてよっ!」
これはダジャレが面白くて笑いそうになっているわけではなく、絶対口にしなさそうな七葉が言うから面白く感じてしまっただけで。
「そんなに面白かったですか? これはコーヒーアロマって言って、リラックス効果があるんです。柊に今一番大事なのはリラックスする事です。心を落ち着かせましょう」
「うん。ホッとするよ。まったく」
「それなら良かったです。じゃあ私も準備してきます」
「はい、いってらっしゃい」
******
「スー、ハァー」
花宮家に到着した。
いざ、家を前にすると緊張する。
胃から何かが込み上げてくるように、ぐっと胸と喉を圧迫してくる。
「それでは、インターホン押しますよ?」
「はい!」
手土産を片手に顔が強張っていく。
大丈夫、大丈夫。いつも通りで。
選んでもらった服を身に纏い、ギュッと胸を掴む。
ガチャリと音を立てて、玄関が開いた。
「七葉、おかえり。佐伯君もよく来てくれたね。ありがとう」
どうやらお出迎えはかおりさんだけの様だ。相変わらず綺麗な人だ。
「お久しぶりです」
「まあまあそんなに硬くならくてもいいのよ。元気にしてた?」
「はい、それなりに」
「じゃあ上がってちょうだい」
「はい、お邪魔します」
玄関に上がり、家の中へと入って行く。
靴を脱ぎ、整える。
玄関は開放的で、とても広く感じる。というかめっちゃ広い。
「こっちがリビングよー」
先導してくれるかおりさんに続いた。
この奥には多分お父さんがいる。
心臓が跳ねる。
——ドクン。
——ドクンと。
開けられるリビングの扉。
ついに花宮家本陣に足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
優しそうなお父さんが微笑んで、迎え入れてくれた。
「初めまして、七葉さんとお付き合いさせてもらっている佐伯柊と申します。今日はお招き頂きありがとうございます」
「こちらこそ、初めまして。
お互いに頭を下げて、挨拶を交わした。
手に持っていた手土産を袋から出して、お父さんに手渡す。
「これ良かったら食べてください。バームクーヘンです」
「わざわざありがとう」
ここまではとりあえず問題なく来れた。
ここからはどうなるか分からない。なんの話をするのか、それとも何もしないのか。
「とりあえずここに座ってちょうだい」
かおりさんに言われ、ダイニングテーブルに腰掛ける。
すると、花宮父、いわば父宮さんもダイニングテーブルに移動し、俺の目の前に座った。七葉は俺の隣に座っている。
「今日は来てくれてありがとう。ずっと前から母さんの方から話だけは聞いててね。実際に会って見たかった」
「そうなんですね。挨拶が遅れてすいませんでした」
「私はかおりから話を聞くまで、七葉は友達と同居していると思っていたんだが、どうして二人は付き合っていて、同棲しているのかな? 七葉、私は友達と暮すと言って、家を出ることを許可したはずなんだけど。そこら辺の説明してくれないかな?」
父宮さんは笑顔なんだけど、目は笑っていない。目の奥には微かな怒りを感じるくらいだった。
「友達が出て行ったからです」
「友達が出て行ったのは、どうして?」
「彼氏と同棲するって突然言われたので」
七葉もお父さんの感情を分かっているのか、顔が強張っている。俺も同様にカチコチだ。
「それで?」
「たまたま家を探していた柊に出会いました。とはいっても、会社の同期で、同僚ですけど」
ちらりとこちらを一瞥し、視線を七葉に戻す。
どうやって反応すればいいか分からなくて、咄嗟に頭を下げた。
「お互い困ってたんです。だから一緒に暮らしてくださいと私からお願いしました」
「佐伯君だっけ? 君は何故家を探していたのかね?」
この質問は答え辛かった。
別に悪い事をしたわけでもないが、印象を悪くすると思った。しかし、答えないわけにもいかない。
「そうですね……その、当時にお付き合いしていた相手がいました。一緒に暮らしていて、ある日家に帰ったら……そのっ……浮気現場に遭遇してしまって……」
そのまま言葉を続ける。
「家を飛び出しました。僕は情けない事にBarでお酒に逃げたんです。それで酔いつぶれた所を七葉さんに助けられました」
そこまで言い切ると、七葉が続きを引き取ってくれて、続きを話してくれる。
「そのBarに私も通ってたんです。その日まで会う事はなかったですが。たまたま本当に偶然で」
「大体は分かった。佐伯君、辛いことを聞いてしまってごめんね」
「いえ、全然大丈夫です」
「はーい、これ麦茶ね。どうぞ。あとこれは佐伯君が買ってきてくれたバームクーヘン。切って食べやすいようにしたから」
「ありがとうございます」
机に出されたお茶を手に取り、グビっと呷る。
「話の続きなんだが、二人はいつから付き合ってるんだ?」
「五月のゴールデンウィーク後ぐらいからですね」
「君は別れてから、一か月で七葉の事を好きになったのかい?」
「簡単に言えばそうです」
やはり突っ込まれると思った。
「そんなに簡単に好きになれるものかね? 遊びだったりしないか?」
遊びという言葉に、眉がひくつく。
「遊びだったら、わざわざここに挨拶に来ませんよ」
「そんな事はないとも限らない。建前でそう言ってるんじゃないか? 本音はどうなんだい?」
「遊びではありません。僕は七葉さんと結婚を前提にお付き合いさせてもらっています」
「結婚?」
「あ、そうだ! 七葉、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけどぉ!」
パチンッと突然手を叩き、かおりさんは立ち上がって七葉を連れ出してしまった。
七葉も突然の事で、「別に今じゃなくても……」と言っていたが無理矢理連れていかれてしまった。
おいおいおい……父宮さんとタイマン張るのはきついだろ。
「さ、二人がいなくなったことだし、腹を割って話そうか。佐伯君」
口角を吊り上げて、フッと笑った。
え、なに怖い。今までは仮面の皮を被っていたように、その笑みが不気味に感じてしまう。
「……そうですね」
「君は今結婚と言ったね?」
「はい、そのつもりでいます」
「二人はまだ付き合って三ヶ月しか経っていないことを理解した上で言ってるのかね?」
「はい」
「高校生じゃあるまいし、その考えは許すことはできないな」
「どうしてでしょうか」
言いたいことは察しがついている。父宮さんは間違っていないことも。だが、それだけで食い下がるわけにはいかないのだ。
「君も、七葉も今が一番楽しい時期だ。舞い上がってしまう気持ちも分かる。でも、時間が足りない。たった三ヶ月で何が分かる? 早まった考えは過ちを犯すんだよ。七葉も君が初めての彼氏だと知っている。だからあの子も嬉しくて舞い上がってるだけだ」
知っている。そんな事分かっている。誰もが口を揃えて同じことを言う。
ごもっともな意見でしかない。
なんと返せばいいか、必死に言葉を探した。
ありもしない答えを見出しては、消去を繰り返して押し黙ってしまう。言葉が見つからない。
「何も言い返せないのは、君自身も理解しているからだ。結婚は許さない。君に七葉を渡すことは出来ないな」
……違う。当たり障りの無い言葉じゃ、簡単に切り捨てられてしまう。だから……探しているのだ。
「違います。花宮さん、僕は舞い上がってるわけではありません。確かに一番楽しい時間と言いたいのも分かります。でも、そうではありません」
グッと拳に力が入ってしまう。普通の事しか言えない自分に腹が立つ。
「それに君は心変わりが早い。七葉より魅力的な人が現れたら、すぐにそっちにしっぽを振るんじゃないのかね?」
心外だ。
「そんなことはありません。僕は七葉さんを愛してます」
「言葉ならどれだけでも飾る事は出来るんだよ。安っぽい言葉は意味を成さない」
飾りだけの言葉に聞こえてしまうのも仕方がないかもしれない。
じゃあ何を言ったらこの人は信じてくれるんだ。当たり障りのない言葉なら軽く流されてしまう。
——探せ、探せ、認めてもらえる言葉を。
「時間じゃない……恋に時間なんて関係ないです。ただこの人と一緒になりたい。例えどんなに道が険しくても七葉となら歩いて行ける。彼女だから、乗り越えて行けるんです。僕は花宮さんが思っているような人間ではないです。口先だけではいくらでも言えるかもしれませんが、それは僕と七葉のこれからを見て判断してほしい。確かにそう思ってしまうのは、過去の話を聞いたからかもしれませんが、そんなのは過去でしかない。僕は今を生きて、七葉との未来を見て歩いているんです。いくら過去にしがみついたって、過去でしかない。そんな過去に縋っている男の方が情けないと思わないですか?」
そう笑って言って見せる。
俺が言った事なんて、結局その場しのぎに近い。
「私の目で判断しろと? 君はそういうのかね?」
「そうですよ。今日この数分で決めつけられるのは僕としては、言い方悪いですけど心外です」
「君が言ってることは綺麗ごとだと思う。結局飾りだらけなんだよ。子供じみた言い訳にしか聞こえない」
俺に指を差しながら、上から下へと。
「付き合った長さが物を言うならば、それでは離婚するような人や、同棲するだけして別れるカップルは何ですか? 飾りと言って片付けられてしまったら、僕が何を言っても通用しない負け戦と変わりません。この会話に意味を持たなくなってしまいます」
「長く付き合えば、お互い色んな所が見えてくる。いい所、嫌な所。そういう事を長く付き合った上で見極めないとダメなんだ。君らは短すぎる。思い至るのも、同棲を始めるのも何もかもが早とちりすぎだ。もっと言ってしまえば、同棲を始めるなら先に挨拶に来るべきだったんじゃないか?」
「確かにそうですね。挨拶に来るのが遅くなったことはお詫びします。それに関しては僕が間違っていました。
ですが、お互いを見る事にそんなに時間が掛かりますか? 年単位で同棲しないと分からないですか? 僕たちは思った事を話すようにしています。嫌な所もありません。僕は時間じゃないとさっき言いました。
大事なのは中身だと思ってます。濃さが大事なんです。長いから中身が濃いなんて誰が決めたんですか? 時間が短くたって同じです。どれだけお互いを知って、お互いを許容できるかだと思います。一つ一つ、全てを共有できる。それが僕と七葉です。付き合った経過なんて数字で言えるただの自慢です。何年付き合った。だから何だと。長いねって言ってもらいたいだけじゃないですか。ただ自己承認欲求で、それこそ飾りです」
わしわしと髪の毛をほぐし、いつも通りの髪型に戻す。
そして言葉を続ける。
「もう飾るのはやめますよ」
一番上まで絞められたボタンをはずし、全開にする。
「これがいつもの僕です。堅苦しい格好なんて本当はしないんですよ。今日の為に選んできましたけど、あまり意味がなかったですね」
「それが本来の君かね」
「そうです。僕はこんな格好したことがありません。気持ち悪くて仕方がないですよ」
両手を挙げて、やれやれと見せつけた。
「はっはっは! 面白い!」
快活な声をあげ、手を叩いた父宮さん。
そんなことを気にせず、最後に言いたいことを伝える。
「もし、花宮さんが七葉と長い時間を掛けて付き合えと言うなら、僕はこれだけ言わせてもらいます。
——そんな飾りだらけの作られた時間なんて僕はいりません」
もういい、これだけ言って反対されるのならば、俺は未熟って事だ。もうこれ以上に言葉は出てこない。
言いたい事は全て伝えた。
「——参った、私の負けだ」
******
「ちょっとお母さん、なんで今なの? 今は柊を一人にするべきではないです」
「いいの。これで」
お母さんの考えは全然意味が分からない。
「どういう事?」
「いいからここで座って」
扉を少しだけ開けた前に座らされる。
母はくすくすと笑いながら、しゃがんで柊とお父さんの話に耳を傾けた。
お父さんはひたすら柊を攻めている。
でも、柊は必死に言葉を探して、お父さんの言葉を返していた。
「佐伯君、頑張るなぁ。さすがだよ。私が認めただけはあるね」
「え、そうなの?」
「そうよ。私は反対してないもの。寧ろ結婚は大賛成よ」
向こう側には聞こえないような声で、お母さんは言ってくれた。なら、ああして言いくるめようとしているお父さんは、反対なのだろうか?
「佐伯君とサシで話に行ったとき、彼何してたと思う? ……家の掃除してたの。男なのに家の掃除よ? 普通はしないわ。
私が突然来たことは驚いていたけど、笑顔で迎えてくれてさ、コーヒーまで用意してくれて。なかなか彼みたいに行動できる人はいないのよ。ガムシロとフレッシュまで出してくれたのは驚いたわ。それに多分、掃除だけじゃないでしょ? 色々やってくれてる感じするもの」
そう、柊は家事全般できて、料理も出来る。
家の事は基本一人でもこなしてしまうし、いつだって家は綺麗な状態を保っている。それは柊がやってくれているから。
本来の約束であれば、私がやらなくてはいけない事も、協力してやろうと言ってくれる。
そんな彼が好きで好きで堪らない。
今、目の前で私のいないところで、彼は頑張ってお父さんを説得しようとしてくれて、一生懸命で。
——私はいつからこんなに泣き虫になったんだろうか。
悲しみ——じゃない、そんなのは私達に中には存在しない感情。
いつだって笑顔で、いつだって仲良しで。
飾りのような関係じゃない。時間なんて関係ない。お互いがお互いを知って、許容して、共有している。
柊の言っていることは間違ってないよ。
「おがあざぁん……」
「あらまあ泣き虫は相変わらずなのね」
抱きついて母の胸にうずくまると、優しく背中を昔してくれたようにとんとんとしてくれる。
「私、柊がだいずきだよぉ~」
「大丈夫よ。飾ってるのはお父さんも同じだからね」
「……ぐすっ」
私は嗚咽を零し、扉一枚挟んだ向こう側に聞こえないように必死で、堪えた。
『そんな飾りだらけの作られた時間なんて僕はいりません』
言葉が染みる。
私の体の細部まで、心奥底まで。
柊の気持ちがこれでもかと私の中に溶け込んでいく。
その一言が、全てを物語っていた。
——私はこんなにも愛されてるんだと。
『参った、私の負けだ』
柊の覚悟が、想いが、お父さんに伝わった瞬間。
私は泣き崩れた。
「そこの二人、いつまでも見てないで入ってらっしゃい」
「あら、ばれてましたかぁ?」
「バレバレだ」
「ほら立って、七葉」
「……はい」
扉を開け、顔を抑えながら私達はリビングに戻った。
******
リビングに入って来た七葉とかおりさん。
七葉は泣いていた。
何がどうして泣いていたかは、わからない。
こちらに戻ってきた二人は、さっきと同じように同じ場所に座った。
「柊くん、意地の悪い事をして、すまなかった」
座った二人を見てお父さんは机に手を置いて、頭を下げた。
「いえ、そんな、謝らないでください。決して花宮さんが言ったことは間違ってないと思ってますから」
「お父さんったら、意地悪は良くないですよっ!」
「かおりもそう仕向けたじゃないか!」
「さて、何のことかしら?」
二人の会話を理解できるのは、この場には二人しかいない。
七葉と俺は、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「実は、お父さんとお母さんもそんなに長く交際していたわけじゃないんだ。付き合いを始めて半年くらいで結婚したんだ」
え……?
「懐かしいことを思い出した。君が結婚と口に出した時にね」
「ほんと、あなたにそっくりだったわ」
「どういうことですか?」
さっぱりてんで分からない。
「私達もこうして結婚を反対されていた——いや、反対ではなくて、さっき私が言った事に似たようなことを言われたんだよ」
「は、はぁ……」
「柊くん、私は君を試していたんだ」
「試していた?」
「ああ、君の想う気持ちを聞きたかった」
二人がしたのは、七葉がいる前では、なかなか口に出し辛いと判断したことだと、ひいては七葉が口を挟んでくる可能性があるから、かおりさんはわざと七葉を退席させたと言う。
「私は七葉が心配だったんだ。初めての彼氏で、そして同棲している。そんなトントン拍子に話が進んで、更には結婚ときた。騙されてるんじゃないかと心配するのは当然の事」
「だからわざとあの状況を作り出し、僕の本性を見ようとしたんですか……」
何その阿吽の呼吸。超怖かったんですけど……。
「私にとって七葉はいつまで経っても、例え50になっても、60になっても、七葉の親であることは変わりない。愛する我が子を心配するのは当たり前だろ?」
そうだ。俺達はいつまで経っても子供で、いつまでも親は親。絶対に変わることのない関係。
「そうですね……あの、僕は喜んでいいんでしょうか?」
俺は感情が彷徨っていた。
「もちろんだ。私は二人の結婚を認める。というか、認めざるを得ない」
「私は最初から認めてるわ」
「お父さん、お母さん……ありがとう」
「ありがとうございます。必ず七葉さんを幸せにします」
あんなに不気味だった笑顔が今では感じられない。
「七葉、いい人を見つけたな」
「はい。……柊は私の大好きな人です。今もこれからも。この貰った四つ葉のクローバーは私も柊以外に向けることはありません」
そう言ってぎゅっと、俺が送ったネックレスを握りしめた。
「娘は父親に似ている人を好きになるとはこの事だな」
「そうね。全く同じ事言ってましたから」
「同じ事?」
「飾らりだらけの時間なんていりません、ってね」
かおりさんが俺の真似をしながら言った。
その言葉を聞いた俺は、恥ずかしくなり変な汗を掻いてしまう。
俺、そんな恰好付けて言ってたの? あれ、なんか嫌だ。恥ずかしい!
ぱたぱたと服を扇いでいると、
「柊くん、最後に一つ聞いていいかな?」
「はい」
「七葉のどこが好きなのかね?」
何時しか、かおりさんにも同じ事を聞かれた。
あの時はすぐにパッと答えられなかったが、今なら応えられる。
「性格も顔ももちろん大好きです。彼女はいつも一生懸命で、けどたまにポンコツです「ポンコツ!?」でもそれが可愛くて堪らないです。
僕が彼女に惚れたのは、言葉です。落ち込んでた時に、彼女が掛けてくれた言葉に救われました。僕を元気づけようとしてくれたり、自分の事じゃないのに、自分の事のように怒ってくれたり。
他にも、素直で、泣き虫で、恥ずかしがり屋の割には大胆なことをしたりと、魅力的なところがたくさんあります。そんな彼女が大好きです。
この言い方はずるいかもしれませんが、僕は彼女の全てが好きです」
「ばかやろう……そこまで具体的に聞いてないだろ……かおり、ブラックコーヒーを」
「同感だわ。丁度私も飲みたいと思っていたところだわ」
*****
——時間じゃない。
それは、目の前にいる二人が証明してくれている。
誰だって好きな人と一緒になりたいと思うだろう。それが若くて高校生だったとしても。永遠の愛を言葉にしたくなる。それでいい。愛している証拠だ。それなりの覚悟があるという事。ばかげてたって、あほだって言われてもいいんだ。
だが、世間体にはよく映らないのが現実で。
周りの目を気にして、生きていくなんて息苦しいだけ。そんな他の目なんて蹴散らしてやればいい。仮に、別れてしまったらその時は存分に笑い飛ばしてくれればいいんだ。邪魔されたって、二人の気持ちが同じであれば、この先もずっと続いて行く。彼らのように。
次は俺達が証明する。
四つの葉がいずれ——七つの葉に変わるように。
*****
あとがき
こんばんは。えぐちです。
いやぁ、長くなってしまいました。
一万文字いくところでしたよ笑
今回は1話で、3話分と思ってください。まじで、本当に長くてごめんなさい笑
テーマです。はい。テーマ。
伝わるといいんですが。
あんまり長々と書くのはやめておきます。
ではこの辺で。
新規登録で充実の読書を
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